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司馬遼太郎の名作を映画化した『峠 最後のサムライ』が描く真のサムライ像とは?

歴史を楽しむ「映画の時間」第30回 


司馬遼太郎の名作を映画化した映画『峠 最後のサムライ』。690人で5万人の官軍に戦いを挑んだ小藩・長岡藩の姿は、現在のウクライナ情勢とも重なる。「人はどうすれば美しいか」という武士道の倫理と、「どう思考して行動すれば、公益のためになるか」を重んじ、「武装中立」を夢見た幕末の志士・河井継之助の姿が観る人の心に迫る話題作だ。


戊辰戦争でたった690人で5万人の官軍に戦いを挑んだ小藩・長岡藩

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 『峠 最後のサムライ』は司馬遼太郎(しば・りょうたろう)の時代小説『峠』を、小泉堯史(こいずみ・たかし)監督が役所広司(やくしょ・こうじ)主演で映画化したもの。

 

 幕末に勃発した戊辰戦争の中でも激烈だった北越戦争を題材に、寄せ来る西軍(俗に言う官軍)5万人にたった690人で戦いを挑んだ、越後長岡藩の家老・河井継之助(かわい・つぎのすけ)を描いている。

 

師匠・黒澤明譲りの戦場シーンが圧倒的な小泉監督の演出

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 師である黒澤明(くろさわ・あきら)監督のスタッフを引き継いで映画を作ってきた小泉監督は、これが監督6作目。時代劇は『雨あがる』(00)、『蜩ノ記』(14)に続いて3本目だが、その本格的な時代劇映画の作りは師匠譲り。西軍と長岡藩士に分かれたエキストラの所作や軍勢の動かし方が特に目を引く。また北越戦争で、実際に戦場になった新潟県の場所でロケ撮影を敢行し、圧倒的な臨場感で激戦の状況を描写している。

 

「人はどうすれば美しいか」ーー儒教の教えを体現した幕末の武士・河井継之助

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 小泉監督の話を聞いたが、「人はどうすれば美しいか」という武士道の倫理と、「どう思考して行動すれば、公益のためになるか」という江戸期の儒教の教えを体現したのが幕末の武士であり、その典型として河井継之助を書いたという原作のあとがきを読んで、彼は自ら脚本を書き、今回の継之助を創造した。

 

 付け加えれば、江戸や長崎に遊学した経験のある継之助は、横浜の外国人から当時としては最新式の手動機関銃・ガトリング砲を輸入したことでもわかるように、地方にいながら開けた目も持っている人物でもあった。

 

武士の鑑でグローバルな視点を持つ理想的なリーダー

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 この武士の鑑でグローバルな視点も持つ、ある種、理想的なリーダーを演じた役所広司がはまり役。

 

 最初は西軍にも徳川派の東軍にも属せず、長岡藩の軍事力を充実させることによって「武装中立」を目指すが、それが西軍に受け入れられないとわかると、長岡藩が代々仕えてきた徳川の恩に報いるため、それによって武士としての義を貫くために戦いに臨んでいく継之助のブレのない生き方を、役所は見事に表現している。「武装中立」することを西軍へ嘆願に行って、それをはねつけられても夜までその場所に残って帰らない、強靭な意志の強さ。

 

「こんなにかっこいい人って、いるの?」と感じた松たか子

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

  西軍に味方すべきだと主張する刀を構えた長岡藩の若侍たちに取り囲まれたとき、自らは刀を抜かずに言葉の迫力だけで彼らを押し返してしまう豪胆さ。あるいは妻のおすが(松たか子)を芸者遊びに連れていくさばけた一面もあり、多彩な魅力を持つ人物になっている。

 

 共演した松たか子は映画の継之助を観て、「こんなにかっこいい人って、いるの?」と思ったそうだが、こういう人であってほしいと思う武士の姿を、役所広司は映画で実体化させた。

 

地元・新潟で分かれている継之助への評価

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 

 実際の継之助に対する評価は地元の新潟県でも分かれていて、彼が西軍との徹底抗戦を決めたために、当時の長岡では多くの民も戦に巻き込まれて亡くなった。

 

 映画にも家を焼かれて、亡くなった孫を抱きかかえる山本學(やまもと・がく)演じる老人が、様子を見に来た継之助に厳しい目を向ける場面がある。彼の孫は、継之助が武士の義を貫くための犠牲になったのだ。

 

 民を犠牲にした継之助の判断を誤りとすることは簡単だが、では圧倒的な武力を持つ軍勢には、理不尽でも最初から白旗を上げてそれに加わればいいのだろうか。

 

継之助のスピリットと重なるロシアに抗戦するウクライナ

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

 この映画は撮影が4年前に行われ、当初は昨年公開予定だったが、コロナ禍によって今年の公開になった。

 

 そのため別に意図したわけではないのだが、圧倒的な軍事力を持つ大軍と、自国を守ろうと必死になる小藩のリーダーという図式は、まるで今のロシアとウクライナの戦争を彷彿とさせる。理不尽な侵略を開始したロシアに抗戦しているウクライナには、継之助のスピリットに通じるものを感じる。

 

 歴史は繰り返すと言うが、国は違っていても戦争に関して人間が行うことに変わりはないことが、この映画とウクライナの戦争が証明しているようだ。それだけに今こそ観てほしい、時代劇映画の逸品である。

 

 

 

【映画情報】

17日(金)より全国ロードショー

『峠 最後のサムライ』

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

監督・脚本/小泉堯史 原作/司馬遼太郎

出演/役所広司、松たか子、香川京子、田中、永山絢斗、

芳根京子、坂東龍汰、

榎本孝明、渡辺大、AKIRA、

東出昌大、佐々木蔵之介、

井川比佐志、山本學、吉岡秀隆、

仲代達也

時間/114分 製作年/2020年 製作国/日本

 

公式サイト

https://touge-movie.com/

 

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金澤 誠かなざわ まこと

1961年生まれ。映画ライター。『キネマ旬報』などに執筆。これまで取材した映画人は、黒澤明や高倉健など8000人を超える。主な著書に『誰かが行かねば、道はできない』(木村大作と共著)、『映画道楽』、『新・映画道楽~ちょい町エレジー』(鈴木敏夫と共著)などがある。現在『キネマ旬報』誌上で、録音技師・紅谷愃一の映画人生をたどる『神の耳を持つ男』を連載中。

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