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『映画 太陽の子』で明かされる日本の原爆開発<二号研究>と<F研究>

歴史を楽しむ「映画の時間」第17回 

京都帝国大学で日本の原爆開発に関わった青年

©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

 『映画 太陽の子』は、昨年NHKTVドラマとして放映された作品の映画版。

 

 第2次世界大戦末期、京都帝国大学で原爆の開発に関わった青年・石村修(いしむら・おさむ=柳楽優弥/やぎら・ゆうや)と幼馴染の世津(せつ=有村架純/ありむら・かすみ)、彼の弟・裕之(ひろゆき=三浦春馬/みうら・はるま)を中心にした青春群像劇である。

 

科学者には魅惑的だった原爆開発という題材

©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

 戦時中の日本の原爆開発には、陸軍が主導した<二号研究>と、海軍が京都帝国大学に依頼した<F研究>があるが、これは<F研究>を題材にしたもの。

 

 電力の供給不足や実験に不可欠のウランが手に入らない実状など、この研究を兵器開発に結び付けるにはあまりにも脆弱な体制だったことがよくわかる。

 

 実際、陸軍、海軍ともに、1945年8月に広島へ原爆が投下される以前の月に、この研究を断念したらしいのだが、映画では300日にわたるその研究の実態をディテール細やかに追いながら、主人公3人の戦争に対する向き合い方を物語の柱にしている。

 

研究にのめり込み狂気にとらわれていく青年科学者

©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

 修はこの研究が成功すれば尊敬するアインシュタインの理論を具現化できると、科学者の端くれとして研究に没頭していく。彼にとって原爆開発は科学者として魅惑的な題材で、それが使われることでどんな惨劇が待っているか念頭にない。理論の実現は、未来を作るものだと彼には思えたのである。

 

 その科学者として理想に燃えながら研究にのめり込み、ある種の狂気にとらわれていく、修役の柳楽が上手い。ともすれば常識外れの変人になりかねない青年を、彼は科学と真直ぐ向き合う雰囲気を前面に押し出して、ピュアな魂を持つキャラクターにしている。

 

強い軍人のイメージと自分の弱さの間で身もだえする姿に透ける戦争の悲惨さ

©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

 三浦春馬が演じる弟・裕之は戦地へ行っていて、肺を病んで療養のために休暇で実家へ帰ってくる。彼は妄想のなかで戦争を捉えている兄の修と違い、実際に戦地の惨状を体験している。

 

 軍人だった父親を見習って精神的に強くあろうとする彼だが、戦地に戻ることを決めてから、旅行先の海岸で入水自殺しようとして、修と世津に止められる。イメージする強い軍人と、怖くて戦地に戻りたくない自分の弱さの間で身もだえする裕之の姿に、戦争の悲惨さが透けて見える。昨年急逝した三浦春馬にとって、これが映画としては最後の作品になるが、その入魂の演技は印象に残る。

 

 有村架純演じる世津は、戦争が終わったら教師になると修と裕之に宣言する。彼女は今を生きることで手いっぱいの男性二人とは違い、未来を見据えている。

 

 自殺しようとした裕之を止め、海岸で修と裕之を抱きしめて「戦争なんか、早う終わればええ。勝っても負けても構わん」と言うシーンには、戦争という異常時の先に、自分の本当の人生が待っていると信じている女性の心の叫びが現れている。

 

戦争を知る世代が描いた映画の主題は”あの原爆とは何だったのか?”

 

 原爆を扱った映画は、新藤兼人(しんどう・かねと)監督が広島の原爆で戦災孤児になった教え子たちを、女教師が訪ねていく『原爆の子』(1952)を皮切りに、原爆投下直後の惨状を初めて劇映画として描いた関川秀雄(せきかわ・ひでお)監督『ひろしま』(1953)、戦後に被爆者を襲う原爆症の爪痕を描きだした今村昌平(いまむら・しょうへい)監督の『黒い雨』(1989)や吉永小百合(よしなが・さゆり)と渡哲也(わたり・てつや)共演の『愛と死の記録』(1966)など数多くの作品が作られてきた。

 

 それらはあの原爆とは何だったのかを、戦争を知っている世代の作り手が振り返って見つめるものがほとんどであった。

 

戦争を知らない世代の監督が描き始めた原爆や戦争の映画

©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

 しかし近年は、佐々部清(ささべ・きよし)監督の『夕凪の街 桜の国』(2007)あたりから、アニメーションの『この世界の片隅に』(2016)や今回の『太陽の子』など、戦争を知らない世代の監督が戦時下を生きる人々の心情に寄り添うことで、原爆や戦争を見つめ直すものが増えてきた。

 

 戦争の経験者が過去を検証するのではなく、過去の時代を描きながら今につながる戦争という理不尽な行為の実態を暴き出そうとする視点。戦争映画はそれによって、新たな時代に入ったとも言える。

 

 『太陽の子』はそんな今の時代を象徴する、俳優たちの好演が光る見ごたえのある1本だ。

 

 

【映画情報】

8月6日より全国公開

『映画 太陽の子』

 

監督・脚本/黒崎博

出演/柳楽優弥、有村架純、三浦春馬 、國村隼、田中裕子

時間/111分 製作年/2021年 製作国/日本・アメリカ合作

公式サイト

https://taiyounoko-movie.jp/

 

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金澤 誠かなざわ まこと

1961年生まれ。映画ライター。『キネマ旬報』などに執筆。これまで取材した映画人は、黒澤明や高倉健など8000人を超える。主な著書に『誰かが行かねば、道はできない』(木村大作と共著)、『映画道楽』、『新・映画道楽~ちょい町エレジー』(鈴木敏夫と共著)などがある。現在『キネマ旬報』誌上で、録音技師・紅谷愃一の映画人生をたどる『神の耳を持つ男』を連載中。

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