朝ドラ『ばけばけ』家は没落、勉学の道を断たれて11歳で織子に… 苦労の連続だったモデル・セツさん
NHK朝の連続テレビ小説『ばけばけ』は、第2週「ムコ、モラウ、ムズカシ。」が放送中。主人公・松野トキ(演:髙石あかり)は、借金返済の目途がたたない松野家を支えるべく婿取りを提案。雨清水家のおかげでやっとお見合いにこぎつけたが、父・松野司之介(演:岡部たかし)と祖父・松野勘右衛門(演:小日向文世)が未だに武士としての在り方を変えられずにいることに絶句した先方に断られてしまう。さて、史実でもモデル・セツさんは明治維新による家の没落で苦境に立たされていた。
■上級士族の家に生まれ、何不自由ない暮らしを約束されていたはずなのに…
朝ドラ『ばけばけ』のヒロイン・トキのモデルとなったのは、後に小泉八雲の妻となるセツさんだ。彼女の幼少期は、武士の世の終わりから明治の新しい日本への激動の時代に翻弄される。
慶応4年(1868)2月、セツさんは出雲松江藩の家臣だった小泉家に誕生。6人きょうだいの次女だった。小泉家の親戚にあたる稲垣家には子がなく、既に小泉家から養子に出すことは決まっていたという。そして、セツさんは生後わずか7日で稲垣家の養女となった。ちょうどこの1ヶ月前に鳥羽・伏見の戦いが起きて、世にいう戊辰戦争が勃発。そんな時代の過渡期に、セツさんは誕生したのである。
父は松江藩に仕える上級士族、母はさらに家格の高い家から嫁いできたお嬢様だった。養女として入った稲垣家は、元々家禄100石の武士の家。みなセツさんのことを可愛がって育てた。小泉家が格上の家柄だったことから、セツさんのことを「お嬢」とも呼んでいたという。
セツさん自身は幼少期に既に自身が養女であることを知っていたが、実家との縁も、稲垣家との関係も終生大事にした。そこには確かに家族としての絆が存在し続けたのである。
しかし、裕福な士族としての暮らしは、明治維新によって一変する。徐々に特権は失われ、武士たちは職を失った。養父は事業を興すも失敗し、稲垣家も徐々に困窮していく。その貧しい生活は、セツさんからある希望を奪った。「勉学の道」である。
セツさんは8歳の時に尋常小学校に通い始め、極めて優秀な成績を修め続けた。当時、明治5年(1872)に定められた学制に基づいて小学校は「教育年限を下等小学校4年、上等小学校4年の計8年」としていた(ただし強制力はそれほどなかった)。勉強が好きで成績優秀だったセツさんや家族は進学も視野に入れていたが、経済状況がそれを許さない。結局、下等小学校だけは修了したものの、11歳で学校に通うことを断念。すっかり没落した家を支えるため、織子として働かざるを得なくなった。
じつは雇い主は実父だ。小泉家も武士の家としては没落していたものの、機織の事業が軌道にのって成功していた。養女に出した実の娘が苦境に陥っているのを見て、雇用を決めたのかもしれない。しかし、そこはあくまで雇用主と織子。セツさんは実の親子という縁に甘えることなく、一生懸命に働いた。世が世なら上級士族の娘として何不自由ない生活をおくっていたはずのセツさんの手は荒れ、返しきれない借金に対して途方に暮れる毎日だったが、それでも力強く必死に前を向いて、愛する家族のために働き続けたのである。

イメージ/イラストAC
<参考>
■「連続テレビ小説 ばけばけ Part1」(NHK出版)
■「小泉セツ 八雲と「怪談」を作り上げたばけばけの物語」(三才ブックス)
■「学制120年史」(文部省)