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朝ドラ『あんぱん』「千夜一夜物語」のキャラクターデザインをやなせ氏に依頼した理由とは? 

朝ドラ『あんぱん』外伝no.75


NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第23週「ぼくらは無力だけれど」が放送された。嵩(演:北村匠海)は漫画家として大成功している手嶌治虫(演:眞栄田郷敦)から依頼されて、アニメ映画のキャラクターデザインを手がけることになる。一方、のぶ(演:今田美桜)らは屋村草吉(演:阿部サダヲ)に再会した。さて、やなせたかし氏が手塚治虫氏の『千夜一夜物語』でキャラクターデザインを担当したのは史実だが、なぜ依頼されることになったのだろうか?


■電話で突然未経験の仕事を依頼される

 

 マルチな才能を発揮して各方面でクリエイティブな仕事に携わっていても、漫画家としては無名のままだったやなせ氏に大きな転機がやってきた。昭和42年(196710月のことである。

 

 ある日突然、やなせ氏の自宅に電話がかかってきた。とってみると、「もしもし、手塚治虫です」という。なんと手塚氏本人からの電話だった。手塚氏は続けて「実は今度虫プロで長編アニメーションを作ることになりました」と言う。「虫プロ」とは、手塚氏が設立したアニメ制作プロダクション「虫プロダクション」のことだ。やなせ氏は急になぜそんな話をされるのかわからず「はあ、それは大変ですねえ」と答えた。すると手塚氏から思いもよらない言葉が飛び出たのである。「それで、やなせさんにはキャラクターデザインをお願いしたいんです。引き受けてくれますか」と。

 

 やなせ氏は二つ返事で「ああ、いいですよ」と言い、手塚氏は「それでは」と電話を切った。なんともあっさりした会話である。というのも、やなせ氏はこの時点でまさか手塚氏が本気で自分と仕事をしようと思っているとは考えていなかった。漫画家同士でよくある冗談だと思ったのだ。

 

 やなせ氏と手塚氏は同じ漫画集団に所属しており、忘年会や旅行で顔を合わせることもある仲だった。とはいえ、特別親しかったというわけでもないため、やなせ氏自身も「なぜ自分にそんな依頼をしたのか」と疑問に思っていたという。

 

 さて、冗談だと思っていたらしばらくして虫プロダクションのプロデューサーから電話がかかってきた。「手塚からお願いしていたキャラクターデザインの件で、来週から会社にきてほしい」という内容で、やなせ氏は「あれ、本気だったんですか!?」とびっくり仰天。こうして『千夜一夜物語』に関わることになったのである。

 

 実際にアニメ制作の現場に行くと、右も左もわからない。ディレクターに「とりあえずイメージボードでも書いてもらおうかな」と言われても「イメージボード……とは?」という状態だ。『千夜一夜物語』は虫プロが手がける初の長編アニメーション映画で、大人向けということでお色気もふんだんに盛り込む意欲作だった。そのキャラクターデザインをなぜ未経験の自分に? とやなせ氏が不思議に思うのも無理はない。そんな重大任務、それこそ手塚氏がやるべきではないかとも思った。

 

 しかし手塚氏や虫プロとしては、既に国民的大ヒット作品となった『鉄腕アトム』のイメージがあまりにも強すぎる上、スタッフも子ども向け作品に慣れてしまっていることが課題だった。そこで、キャラクターデザインを大人向けの漫画家に依頼しようということになり、あれこれ検討した結果やなせ氏の名前が挙がったのだという。

 

 漫画家としての名声はなくとも、様々な場面でその才能を発揮し、結果を残してきたことが、想像もしないところで大きな仕事に繋がったのだった。

イメージ/イラストAC

<参考>

■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)

■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)

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歴史人編集部れきしじんへんしゅうぶ

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