朝ドラ『あんぱん』「この人のためなら何でもしよう」とメロメロに 人気歌手・宮城まり子さんからの依頼
朝ドラ『あんぱん』外伝no.67
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第21週「手のひらを太陽に」が放送中。嵩(演:北村匠海)は作詞した「手のひらを太陽に」がヒットしたものの、漫画家としては結果を出せない日々をおくっていた。そんなある日、歌唱を担当した人気歌手・白鳥玉恵(演:久保史緒里)が、自身のリサイタルの構成と衣装のデザインを依頼してきた。「嵩さん」と親しげに呼ぶ姿を目の当たりにしたのぶ(演:今田美桜)は動揺する。しかものぶは勤務先からクビになり、社会の壁にぶつかっていた……。さて、今回はやなせ氏にとって未知の領域だった仕事にチャレンジすることになった経緯を取り上げる。
■たった一度仕事をしただけなのに突然依頼されて困惑
40代に入ったやなせたかし氏は、漫画家として活動しながらも漫画以外の仕事が次々舞い込んでいる状況だった。ドラマでも描かれたミュージカル「見上げてごらん夜の星を」にはじまる舞台美術の仕事はもちろん、ラジオやテレビ関係の仕事も数多く引き受けていたし、それゆえに暮らしにも困っていなかったそうだ。
一方で漫画家としては残念ながら鳴かず飛ばず。かつての漫画仲間らがどんどんヒット作を生み出して大成していくなか、ひとり取り残されたようなやるせなさを抱えていた。自分がどういう作品を出していくべきか、方向性を見失っていたと述懐している。絶望し、売れっ子作曲家となったいずみたく氏にも遠慮して距離をとっている時期だったそうだ。
そんな時、女優・歌手として大人気だった宮城まり子さんとの出会いを通じて新たな仕事へのチャレンジが決まるのである。宮城まり子さんは戦時中に舞台デビューし、戦後は女優・歌手として人気を集めていた。やなせ氏が作詞した「手のひらを太陽に」の歌唱を担当したのも宮城さんだ。
しかし、2人の出会いはその歌ではなかった。やなせ氏は当時芸能人を相手にしたライターのような仕事をしていたのだが、そのなかで宮城さんをインタビューしたのが出会いだという。なんとそれきりの関係だったにも関わらず、ある日突然宮城さんからやなせ氏の自宅に電話がかかってきたのだ。
やなせ氏は有名女優からの私的な電話に感激したという。用件は「お願いしたいことがあるので、車を回すからうちに来てほしい」というものだった。やなせ氏はその時のことを「独特の甘えるような声で言ったのでフラッときた」と著書に記している。そしてやって来た車に乗り込んで、宮城さんの自宅に向かったのだそうだ。
宮城さんの家に到着したやなせ氏は、そこでさらに宮城さんに惚れ込む。やなせ氏を出迎えた宮城さんは「ごはんを一緒に食べよう」と誘ったのだが、そこで出されたメニューがかなり庶民的。有名女優という肩書とその食卓のギャップを目の当たりにして一気に親近感をもったやなせ氏は「この人のためなら何でもしようと思った」と著書で明かしている。
宮城さんの依頼は、自身初となるリサイタルの構成とその衣装のデザインだった。やなせ氏にとってリサイタルの構成や衣装のデザインなんて専門外もいいところ。そもそも何をすればいいのかわからなかったそうだが、宮城さんの可憐さと気さくな人柄にすっかり魅了されていた(やなせ氏曰く「メロメロ状態」)。そういうわけで、未経験ながらとりあえず引き受けてしまったというのである。
「困ったときのやなせさん」と多くの人々に頼りにされていたやなせ氏だが、こんな風に突然やったことのない仕事を依頼されることも多かったそうだ。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)