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朝ドラ『あんぱん』副業で部長の収入を超えた“ツッパリ社員” 権威を嫌ったやなせ氏の驚くべき行動とは?

朝ドラ『あんぱん』外伝no.63


NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第19週「勇気の花」が放送中。嵩(演:北村匠海)は副業がサラリーマンとしての収入を超えたら漫画一本で生きていくという決意をのぶ(演:今田美桜)に伝える。しかし、5年経っても嵩はまだ三星百貨店に勤めていた。手嶌治虫(演:眞栄田郷敦)の才能に嫉妬しつつも、のぶに背中を押されて遂に退職を決意する。今回は、やなせたかし氏が三越百貨店で働きながら、漫画の“セミプロ”としてコツコツ描き続けていた時期のエピソードを取り上げる。


■本業はササッと終わらせて、副業や漫画投稿に熱中

 

 28歳の時に再び高知から上京したやなせたかし氏(本名:柳瀬 嵩)は、三越百貨店の宣伝部で勤務し始めた。戦後の深刻な物資不足で存在意義を失っていた百貨店業界も、復興が進むにつれて徐々にかつての華やかさを取り戻していく。やなせ氏は宣伝部で百貨店の内装や売り場の看板、商品のポスター、ショーウィンドウのデザインやレイアウトなどを担当。三越劇場で上演される新劇のポスターなども数多く手がけた。

 

 高知新聞社時代に「やはり東京で絵やデザインの仕事をしたい」と思っていたやなせ氏にとっては、戦後の東京で新たな文化が生まれるなか、やりたい仕事ができていたことになる。しかし、やなせ氏にはやはり「漫画の道に進む」という夢を追い続けたい気持ちもあり、三越百貨店にも長く勤め続けるつもりはなかったようだ。

 

 やなせ氏は著書で当時の自分の働き方について、同僚に指摘されたことを振り返っている。それによると、やなせ氏は就業時間中に堂々と外部から依頼された仕事をしていたそうだ。いわゆる「副業」である。上司の目の前であろうとおかまいなしで、せっせと副業に励んでいたらしい。さらに、漫画の投稿も手当たり次第にしており、三越の宣伝部のデスクで副業や漫画を描くことに熱中する日々をおくっていたようである。

 

 さらに私用の電話も日常茶飯事、三越の仕事と関係のない面会も多かったらしい。しょっちゅう外出もしていて、同僚から「全然仕事しない」と驚かれたという。これはやなせ氏曰くオーバーな表現だそうで、「三越の仕事をサボっていたわけではなく、1日の仕事をさっさと片付けてしまって残りの時間を有効活用していた」とのことだ。

 

 同僚はやなせ氏の態度にも驚いたという。上司である部長よりも高い弁当を運ばせて食べていたというのだ。現代の価値観でいうと「別にいいじゃないか」と感じるかもしれないが、今以上に上下関係には厳しく、上司よりも豪勢な弁当を堂々と会社で口にするのは憚られる時代である。

 

 これは意図的にやっていたそうで、「人間はみんな同じなんだから、平社員だからといってへりくだらずに好きなものを食べるべきだ」という持論があったからだという。部下が部長よりいいものを食べたっていいじゃないか、好みの問題なんだから、というわけだ。

 

 やなせ氏自身は当時の自分の言動を振り返って、著書で「生意気で、ひねくれていて頑固。権威を嫌う自由主義者で、過度な束縛も嫌う使いにくい社員」という旨の評価を下している。自分が上司だったら部下にしたくないタイプで、「若気の至り」であったとして反省の言葉も添えるほどだ。

 

 そんなやなせ氏の収入は、老舗百貨店の社員とあって一般的なサラリーマンよりも良かった。さらに代表作こそなくとも副業もある程度順調で、部長よりも収入が多かったと述懐している。投稿した漫画が入賞することも少なくなかった。そして、そうしたチャレンジを通じて若手漫画家たちとの繋がりも生まれていったのである。

 

 安定した三越百貨店での仕事と、漫画家一本でいきたいという夢の狭間で悩んでいたやなせ氏の背中を押したのが、妻・暢さんだ。暢さんは「辞めたらいい。なんとかなるわ。収入がなくなったら、私が働いて食べさせてあげるから」と言ったという。そして、やなせ氏は昭和28年(1953)に三越百貨店を退職し、漫画家として新たなスタートを切ったのだった。この時、34歳だった。

イメージ/イラストAC

<参考>

■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)

■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)

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歴史人編集部れきしじんへんしゅうぶ

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