朝ドラ『あんぱん』史実では「まさかの場所」で出会って仕事に発展 詩集発売までの経緯とは
朝ドラ『あんぱん』外伝no.68
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第22週「愛のカタチ」が放送中。嵩(演:北村匠海)は内側から溢れ出る言葉を詩にすることに夢中になっていた。漫画ではなく詩にのめり込む嵩をのぶ(演:今田美桜)は心配するが、結局見守ることに。そして八木信之介(演:妻夫木 聡)は嵩の詩の才能にほれ込み、自社から詩集を出版しようと持ちかけた。今回は史実での出会いと出版までの経緯をお届けする。
■突然やったこともない仕事を依頼されてびっくり
40代に入ってもなかなか漫画家として成功の兆しさえなかったやなせたかし氏は、それ以外の仕事でマルチな才能を発揮していた。ラジオやテレビ関連の仕事はコンスタントに入ってきていたし、ニュースショーの構成やドラマの脚本、映画雑誌のライターなど仕事は多岐に渡った。
やなせ氏は基本的にどんな仕事も断らず引き受けており、自分が経験したことのない仕事内容でも臆せず挑戦していたという。長い無名時代の幅広い経験からは、「困ったときのやなせさん」と言われるほどの軽やかさと優しさ、そして器用さが感じられる。
昭和40年(1965)、46歳になっていたやなせ氏に大きな転機が訪れる。陶器製造卸を営んでいた人物から「陶器をつくってみないか」と誘われたのだ。驚くことにこの時点で2人の間に親交はなかったという。それでもやっぱり仕事を断らない性分だったので引き受け、瀬戸や多治見へ赴いて陶器を制作したり絵付けをしたりした。
実際に焼きあがったものを見て、やなせ氏は感動したという。そして陶器制作に夢中になっていった。自分の作品が出来上がっていくのが楽しく、遂にはギャラリーを借りて個展まで開催するほどになった。食器に詩や絵をつけたものを販売すると、予想以上に評判がよく、しばらくはそれで生計がたてられたそうだ。
漫画以外の仕事では結果を出してきたのに、肝心の漫画だけはなかなか日の目を見ない。そんな時、とある陶器展で名刺交換をしたのが、辻信太郎氏である。ドラマに登場する八木信之介のモデルとなった人物で、当時は山梨シルクセンター(後のサンリオ)という会社を経営していた。そしてこの出会いがやなせ氏のその後を大きく変えることになった。
その頃やなせ氏はラジオドラマの仕事をしており、そこに毎回自作の歌を入れ込むのがお決まりだった。歌も好きだったし、自身が書いた歌詞にメロディーがついて劇中で歌われるのがおもしろかったのだという。すると、歌詞として書いたものがどんどん溜まっていくため、それをまとめて自費出版しようと考えた。
同時期、やなせ氏は辻氏から依頼されて、山梨シルクセンターが販売するお菓子ケースのデザインなどを担当していた。ある時話のついでに「今度こういうものを自費出版しようと考えている」と何気なく辻氏に見せたところ、「これを出版しよう」と乗り気になったという。
やなせ氏にしてみれば、ただでさえあまり売れないとされる詩集でしかも漫画家としてはまったくの無名である自分の本など、書店で大々的に売り出すことは無理だろうと思った。しかし辻氏は社内に「出版部」を設け、ついにやなせ氏の処女詩集『愛する歌』を出版したのである。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)