ドキュメンタリー映画『ココ・シャネル』で明らかにされたシャネルのナチス・スパイとしての重要任務とは?
歴史を楽しむ「映画の時間」第15回
今まで描かれなかったココ・シャネルのもう一つの顔とは?

©️ Slow Production, ARTE France
香水や洋服、バッグの世界的なブランドCHANEL。『ココ・シャネル 時代と闘った女』はその創始者で、女性として史上初の世界的な実業家になったココ・シャネルの、波乱に満ちた生涯にスポットを当てたドキュメンタリーである。
これまでシャネルに関してはマリー=フランス・ピジェがシャネルを演じた『ココ・シャネル』(1981)を始め、『アメリ』(2001)で知られるオドレイ・トトゥが若き日のシャネルに扮した『ココ・アヴァン・シャネル』(2009)などいくつかの映画が作られてきたが、作曲家ストラヴィンスキーとの愛を描いた『シャネル&ストラヴィンスキー』(2009)に代表されるように、シャネルの奔放な愛の遍歴をメインにした作品が多かった。
しかし今回のドキュメンタリーは、フランス在住のアメリカン人ジャーナリスト、ハル・ヴォーンが2011年に発表した著書『誰も知らなかったココ・シャネル』の内容をベースとして、これまでの映画では描かれてこなかったシャネルのもう一つの顔に迫っているのが異色。
1944年からファッション界復活を遂げる1957年までの謎の沈黙期間

©️ Slow Production, ARTE France
シャネルにはナチスドイツによるパリ占領が解けた1944年に、パリを脱出してスイスへ向かい、1957年にフランスのファッション界へ復活を遂げるまで沈黙していた期間がある。
その理由はこれまで様々な憶測がされてきたが、ハル・ヴォーンはシャネルがナチスドイツのコードネームも持っていたスパイであることを暴き、スパイとして非難されることを恐れてスイスへ逃れたとしている。
反ユダヤ主義者だったシャネルが担ったナチスのスパイとしての重要任務

©️ Slow Production, ARTE France
映画では反ユダヤ主義者でもあった彼女が戦時中、ナチスのスパイとしてどのような活動をしていたかを明らかにしている。
なかでも興味深いのはナチスの将校と、イギリス首相チャーチルとのパイプ役を果たしていたことで、戦後になってシャネルがナチスの協力者として表だって糾弾されなかった裏には、チャーチルの口添えが大きく働いていたことを匂わせる。
スパイといえば、あくまで影の存在として言われることが多いが、彼女の場合は、国際的な人脈を駆使した人と人とのつなぎ役という意味合いが大きかったようだ。
このナチスでのスパイ活動と、その余波を受けた沈黙期間の謎を明らかにしているのが大きな見どころだが、一方でその闘争的な人間性も描いている。
意思と自由を貫くためには何者も恐れない闘争的な女性

©️ Slow Production, ARTE France
CHANELの香水部門のトップであるユダヤ人実業家ヴェルテメールと、香水の利権を争った香水戦争を始め、ライバルのファッション・デザイナーに対する容赦ない攻撃。自らの意志と自由を貫くためには何者も恐れない、闘う女性としての一面を、多くの著名人の証言によって映し出している。
フランソワーズ・サガンやジャン・コクトーなど証言者のコメントが面白く、その多くはシャネルの才能は認めていても、彼女の過激で毒舌を吐く人間性には手を焼いていたことがよくわかる。シャネル自身の晩年の映像も出てくるが、かなり攻撃的な女性であったことは確かなようだ。
シャネルが手に入れた真の自由は孤独と隣り合わせ

©️ Slow Production, ARTE France
シャネルは1971年に87歳で亡くなったが、彼女が生きた19世紀末から20世紀は、女性が自由と権利を獲得するためには、すべての状況と闘わなくてはいけなかった時代でもある。既存の理念をぶち壊すためには、周りに理不尽なことも要求するし、敵を叩きのめすためには全精力を傾ける。それによってシャネルが手に入れた自分にとっての真の自由とは、孤独と隣り合わせでもあった。
そんなシャネルを、女性が自由を獲得するために生きた革命家として称賛するか。それともナチスに協力した反ユダヤ主義者の一人として批判するか。それは観る人次第だが、人間は善悪の二元論では測れないことを、シャネルの生き方が表しているように思える。
7月23日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ他全国順次公開
『ココ・シャネル 時代と闘った女』
監督/ジャン・ロリターノ
出演/ココ・シャネル、フランソワーズ・サガン他
ナレーション/ランベール・ウィルソン
時間/55分 製作年/2019年 製作国/フランス
公式サイト
http://cocochanel.movie.onlyhearts.co.jp/