映画『復讐者たち』が描く知られざる史実 現実に練られたドイツ人600万人大量殺害計画
歴史を楽しむ「映画の時間」第16回
あなたは何の罪もない兄弟・両親・子供が殺害されたとき、どうしますか?

© 2020 Getaway Pictures GmbH & Jooyaa Film GmbH, UCM United Channels Movies, Phiphen Pictures, cine plus, Bayerischer Rundfunk, Sky, ARTE
想像してみてくれ
あなたの兄弟 姉妹 両親 子供たち
何の罪もないのに殺されたらどうする?
さあ自問してくれ どうするのかと――
映画『復讐者たち』は、私たちにそう問いかけながら幕を開ける。
殺したのはナチス・ドイツ。殺されたのはユダヤ人。本作は歴史的大量虐殺――ホロコースト――で迫害された者の、文字通り「復讐」がテーマになっている。
ナチス残党を探し出し処刑を行う秘密部隊とNAKAM(ナカム)の存在
物語は1945年、敗戦を迎えたドイツに始まる。
強制収容所で離ればなれになった妻と幼子を求め、瓦礫の町をさまよっていた主人公のマックスは英国軍のユダヤ人旅団と遭遇する。彼らはナチス残党を捜し出しては処刑を行っていた。やがて妻子の無惨な死を知ったマックスはナチスへの復讐を誓い、秘密部隊であるユダヤ人旅団と行動をともにすることを決意する。
だがナチス残党を追っていたのは彼らだけではなかった。町や村を辿るなかで「NAKAM(ナカム)」と名乗るグループと出会う。ヘブライ語で「復讐」を意味し、ホロコーストを生きのびたユダヤ人で作られたこの組織は、秘密部隊以上に強い憎悪で復讐を遂行していた。
現実に練られたドイツ人600万人の大量殺害計画「PLAN A(A計画)」

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メンバーの一人は言う。目には目を、600万人のユダヤ人の命には600万人のドイツ人の命で償ってもらう、と。彼らは、復興が進むドイツ各都市でドイツ人大量殺害計画を企てていたのだ。
600万人のドイツ人の命を奪う――。これは「PLAN A(A計画)」と呼ばれた、現実に練られた計画である。
イスラエルの作家マイケル・バー=ゾウハーは、ナチスに追われるだけではない、抵抗するユダヤ人の姿をノンフィクション『復讐者たち』にまとめている。
SSとナチス幹部を襲う「B計画」戦犯全員を追跡・処刑する「C計画」

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そこには、捕虜収容所にいるSS(ナチス親衛隊)とナチス幹部を襲う「B計画」、ナチスの戦犯を一人残らず、可能な限り追跡して処刑する「C計画」があったこと、そして「A計画」については、次のような証言を紹介している。
《これはごく少数の人にしか打ち明けていませんでした。その計画の準備にはずいぶん多くの時間をかけ、お金も使いました。それが成功すれば、ほかに何もしなくてすむものでした。いまふりかえってみると、悪魔の計画とでも呼ぶべき計画でした。何百万人ものドイツ人を殺害する計画だったのです。そうです。何百万という人間を、しかも老若男女を問わず全員一度に殺すのです》(ノンフィクション『復讐者たち』より)
復讐計画に実際に関わった人々へのインタビューから生まれた映画
この知られざる史実を歴史サスペンスとして脚本化し見事に映像にしたのは、『エルサレム』『ザ・ゴーレム』などを世に出した兄弟監督のドロン・パズとヨアヴ・パズ。
その物語を『イングロリアス・バスターズ』のアウグスト・ディール、『ブレードランナー 2049』のシルヴィア・フークスなどが、人間がもつ怒りと悲しみ、そしてその先に宿る復讐の感情と葛藤の表情をみせながら見事に演じた。
監督は次のように語っている。
「私たちは本作のリサーチ中、この極悪非道な復讐計画に実際に関わった人々へのインタビューに多くの時間を割いた」
激怒と絶望に満ちた自警団誕生。復讐心は生きる目的を見つけるため…

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「家族全員を失い、想像しがたい恐怖を生き延びた男女たちは生きる希望もないと考えていた。そんな彼らが憎しみと復讐心という原初の感情で自らを満たしたのは、生きる目的を見つけるためだったのだ。今日の世界と比べると、これは今の時代にも続く要素なのだと私たちは考える。
登場人物たちを執筆する際は、ナチスに家族や600万人ものユダヤ人同胞を殺害されたことで、かつては人生を謳歌していた人々が、何百万人もの命を奪うことを願う人間に変わってしまったという事実を重点に描いた。
彼らは激怒し絶望した自警団であった一方で、人生に対する情熱に満ちた人間でもあったのだと」
復讐が、人が人を裁くことで完遂するのなら、それは新たな悲劇の種を蒔くことでもある。
復讐と破壊ではない人生を選択して見えてくる世界とは?
監督はこう続ける。
「私たちは『プランA』をようやく映画化できた最初の世代として、最終的に復讐と破壊ではない人生を選んだ、勇気ある人々のストーリーを語れたことを心から光栄だと考えている。このテーマは今日の私たちの世界における社会的、政治的風潮に対してもなぞらえることができるはずだ」
ジャンルこそホロコースト映画と呼ばれる作品かもしれない。
しかし、「復讐」というカタルシスで見落とされる危うさと現実を静かに照らし、観る者に、その先の世界について鋭い問いかけを行っている。
【映画情報】
7月23日(金曜日)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネクイントほか全国公開
『復讐者たち』
監督・脚本/ドロン・パズ&ヨアヴ・パズ
出演/アウグスト・ディール、シルヴィア・フークス
時間/110分 製作年/2020年 製作国/ドイツ、イスラエル
公式サイト