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河童やお地蔵さんが訪ねてくる不思議な伝説の家 〜人気児童小説『峠のマヨイガ』が映画化!〜

歴史を楽しむ「映画の時間」第19回 

東日本大震災直後の岩手県で繰り広げられる伝説の家マヨイガ

©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

 現在公開中の『岬のマヨイガ』は、岩手県盛岡市に在住の児童文学者・柏葉幸子(かしわば・さちこ)の第54回野間児童文学賞受賞作を、川面真也(かわつら・しんや)監督が映画化したアニメーション作品。

 

 舞台となるのは東日本大震災直後の岩手県。その被災者が集う避難所で知り合った17歳の少女ユイと8歳のひよりが、謎の老婆キワさんと共同生活を始める。

 

 彼らが暮らすのは“訪れた人をもてなす家”という不思議な伝説を持つ、マヨイガだ。

 

震災で封印を解かれ力を増大させていく”アガメ”の正体

©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

 見た目は岩手に古くからある“曲がり家”の一つであるマヨイガには、キワさんを訪ねて河童やお地蔵さんがやってくる。やがて彼らは、人々の哀しい想いを糧に大きくなっていくという“アガメ”が震災によって封印を解かれ、その力を増大させていることを知り、“アガメ”を鎮めるために力を合わせていく。

 

 本作は東日本大震災を背景に、岩手県の民話や伝承をちりばめて少女たちの再生と成長を描いた物語である。

 

 ユイは震災そのものではなく家庭の事情から心に傷を負っていて、ひよりは震災で大事な人を失くしたショックから言葉が話せなくなっている。自分たちの居場所を見出せない二人に、優しく手を差し伸べるキワさんの存在が、人間と岩手の地に住む異界の者を結び付けていく、どこか懐かしさが漂うファンタジーだ。

 

岩手県を流れる色々な川の河童や精霊・妖怪たちが集結する理由とは?

©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

 マヨイガにやってくる河童たちは北上川や馬淵川、豊沢川など、岩手県を流れる各川から集まってきていて、キュウリが好物なのも伝説の通り。劇中でユイたちは遠野にある別のマヨイガへも赴くが、そこには座敷童が住んでいて、河童や座敷童は民俗学者・柳田國男(やなぎだ・くにお)が著した『遠野物語』にも登場する、

 

 有名な精霊や妖怪たち。また盛岡市の四ツ家に1694年建立された通称“田中のお地蔵様”を始め、岩手各地の有名なお地蔵さんもキワさんに会うために集結する。

 

 震災という現代の惨事に、岩手に古くから残る昔話のキャラクターを絡めることで、その悲劇的な状況もこの地に刻まれた歴史の1ページであり、その先には必ず希望があることを印象付けているのが心地よい。

芦田愛菜・サンドウィッチマン・大竹しのぶ他、声の出演も魅力的

©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

 河童やお地蔵さんたちとの触れ合いから、自分はひとりぼっちではないことを実感していくユイの声を芦田愛菜(あしだ・まな)、少女たちをいつしか自分のペースの巻き込んでしまう不思議な人間力を持ったキワさんの声を大竹しのぶが担当しているのを始め、河童の声をサンドウィッチマンや個性派俳優・宇野祥平(うの・しょうへい)、さらには岩手県知事の達増拓也(たっそ・たくや)が務めるなど、声の出演者たちもユニークで魅力的。

 

“アガメ”に立ち向かうための武器“マキリ”の正体とは!?

©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

 また歴史的な視点で言えば、ちょっと興味深いのはキワさんが“アガメ”に立ち向かうため、武器として手にする“マキリ”。

 

 これは東北地方やアイヌに伝わる片刃の先がとがった狩猟用のナイフで、昭和の時代までは年配の東北人はナイフのことを一般的に“マキリ”と呼んでいた。その語源は諸説あるが、ひとつの言い伝えとして“魔切”という当て字を使い、魔を払う道具でもあった。

 

 ここではその説にならって“アガメ”に対する武器としているのだろうが、今となっては忘れられようとしている古民具に光を当てて、クローズアップしているのが面白い。

 

岩手各地の風土・伝説と物語が一体化して織りなすファンタジー

©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

 アニメーションではあるが、実際の岩手各地にロケーションしてその景観を画で再現し、この地方が持つ風土・伝承を物語と一体化させている点は見事。

 

 あの震災から10年。その間に様々な形で震災を描いた映画が作られてきたが、地震や津波で様変わりした悲惨さだけに目を向けるのではなく、この地が育んできた原初的で素朴な魅力を再認識するという意味でも、このファンタジーは注目してほしい1本である。

 

 

公開中

『峠のマヨイガ』

©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

監督/川面真也

原作/柏葉幸子 脚本/吉田玲子

キャラクター&キャスト

ユイ(芦田愛菜)、ひより(粟野咲莉)、キワさん(大竹しのぶ)

豊沢川の河童(伊達みきお:サンドウッチマン)、北上川の河童(富澤たけし:サンドウッチマン)、馬淵川の河童(宇野祥平)、小槌川の河童(達増拓也)ほか。

 

時間/105分 製作年/2021年 製作国/日本

公式サイト

https://misakinomayoiga.com/

 

 

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金澤 誠かなざわ まこと

1961年生まれ。映画ライター。『キネマ旬報』などに執筆。これまで取材した映画人は、黒澤明や高倉健など8000人を超える。主な著書に『誰かが行かねば、道はできない』(木村大作と共著)、『映画道楽』、『新・映画道楽~ちょい町エレジー』(鈴木敏夫と共著)などがある。現在『キネマ旬報』誌上で、録音技師・紅谷愃一の映画人生をたどる『神の耳を持つ男』を連載中。

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