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史上最大の日本人捕虜集団脱走事件はなぜ起きたのか? 〜映画『カウラは忘れない』

歴史を楽しむ「映画の時間」第18回 

第2次世界大戦史上最大の集団脱走事件は日本人捕虜の暴動で起きた

©瀬戸内海放送

 公開中のドキュメンタリー映画『カウラは忘れない』は、1104名の日本の陸海軍将兵捕虜が収容されたオーストラリアの連合軍第12捕虜収容所で起きた、日本人捕虜による暴動「カウラ事件」を伝える作品だ。

 

 この事件は終戦1年前の1944年8月5日に起きた、第2次世界大戦史上最大の集団脱走事件として歴史に刻まれている。日本人は234人の死者と108人の負傷者、またオーストラリア監視兵は4人が死亡している。

 

収容所は4ブロックに分けられ日本人・イタリア人・台湾人・朝鮮人が入れられた

©瀬戸内海放送

 オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州にある人口3000人の町カウラ。シドニーから西に250キロほど離れた地に設けられたこの収容所は、十二角形の敷地を4つのブロックに分け、日本人やイタリア人、台湾人、朝鮮人が入れられていたという。

 

 どこまでも続く草原と、点々とふくよかに茂るユーカリの樹林。2色の緑が広がる牧歌的な田舎町で起きたこの事件は、オーストラリア国民にとって、町の名前だけではない、戦争を想起させる響きとしていまも記憶されている。

 

死地を離れ、生が約束された収容所で日本人はなぜ暴動を起こしたのか?

©瀬戸内海放送

 捕虜の人道的な扱いを定めたジュネーヴ条約により、死地を離れ、生が約束された収容所でなぜ日本人は暴動を起こしたのか。

 

 中野不二男(なかの・ふじお)が記したノンフィクション『カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットはなぜ死んだか』は、オーストラリアの老人の言葉を伝えている。

 

 《君の世代の日本人には、あの事件は理解できないだろう。いや、理解しろというほうが無理かもしれない。あの当時、日本兵は捕虜となることを最大の恥辱として教え込まれていたのだ。

 

 捕虜となった以上、残された道はただ一つ、死ぬことしかないと思っていた。捕虜といえども恥じることはない、前線で死力を尽くして戦った証明だ、といっていたわれわれとは、まったく違う考え方を持っていたようだ》

 

決起に向かわせたのは、今の日本人にも通じる日本兵の心得「戦陣訓」とムラ社会の風習!?

©瀬戸内海放送

 『カウラは忘れない』は、4人の生存者の77年前の記憶から暴動の様子が詳らかにされる。

 

 決起へと向かわせたのは日本兵の心得である「戦陣訓」。それを破った者に待つのは故国の家族が見舞われる日本独特のムラ社会の風習。彼らの証言が死を決意させた心の動きを浮かびあがらせていく。

 

 ただ、それは日本兵だけの奇異な心理だったのか。実は現代を生きる日本人も同じ気質を持っていることを、さりげなく、我々に突き付ける場面もある。

 

10年にわたり取材した満田監督が描く「日本兵の帰還後」と「戦後」

©瀬戸内海放送

 満田康弘(みつた・やすひろ)監督の10年にわたる取材は、日本に帰還した後の暮らしにも目を向けている。そこには「戦後」と一言で片すことのできない人生があったが、それは決してカウラで過ごした数年の時間を軽くしたわけではなかった。

 

 当時23歳だったという証言者の一人は、異郷の柵の中で自らを励ますため、丘の上のユーカリの木に語りかけた日々に想いを馳せている。本作では、いまも同じ場所で枝を伸ばし葉を茂らせる〝友〟と、90の翁がタブレットの画面越しに再会を果たす様子が映される。

 

 そこに見えるのは、日豪間の距離や77年という時の流れだけではなく、記憶の末期(まつご)とともに戦争の手ざわりが硬化し「歴史」という遺物になる前の、わずかに残された時間である。

 

 満田監督は失われようとしていた彼らの言葉と表情を映像として記録したわけだが、それは単なる昔話ではない、いまなお脈々と流れる日本人的なものを伝えようとしているのではないか、そのようにも感じた作品である。

 

 

 

【映画情報】

公開中

ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開

『カウラは忘れない』

©瀬戸内海放送

監督/満田康弘

時間/96分 製作年/2021年 製作国/日本

公式サイト

https://www.ksb.co.jp/cowra

 

 

 

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隆次郎太郎りゅう じろうたろう

朝ドラ、大河ドラマを好んで観る。印象深い作品は『風と雲と虹と』『北条時宗』『澪つくし』『カーネーション』『半分、青い。』『スカーレット』。和田勉作品の『けものみち』『天城越え』も好きです。趣味は地形を味わいながらの散歩。

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