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朝ドラ『あんぱん』「たった1年で退職はけしからん!」と非難され… 伯母を残して上京を決意したやなせ氏の葛藤とは?

朝ドラ『あんぱん』外伝no.58


NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第18週「ふたりしてあるく 今がしあわせ」がスタート。のぶ(演:今田美桜)と嵩(演:北村匠海)はお互いの気持ちを確認し合うが、東京と高知で遠距離恋愛となる。しばらく離れ離れの生活をおくったが、嵩は意を決して退職。暢と共に生きるために、身一つで上京してきた。ドラマでは編集長の東海林 明(演:津田健次郎)から一度は「許さない」と言われながらも最終的には編集部一同に快く送り出されていたが、史実ではさらに厳しい言葉を向けられていたという。


■「東京でもう一度漫画やデザインの道に挑戦したい」

 

 やなせ氏が高知新聞社に入社したのは、中国から復員してきて3ヶ月後の昭和21年(1946)6月である。最初こそ社会部の記者として配属されたものの、間もなく同社が創刊した「月刊 コウチ」の編集部に異動になった。そこにいたのが、編集長の青山茂さん、編集部員の品原淳次郎さんと小松暢さんである。小松暢さんは既に知られている通り、後にやなせ氏の妻になる女性だ。

 

 小松暢さんは昭和21年(1946)1月に夫・小松総一郎さんを病で亡くしていた。この時暢さんは27歳である。夫を亡くしても嘆いてばかりはいられない時期で、暢さんは総一郎さんの死の8日後に出された高知新聞社の「婦人記者募集」という記事を見て入社試験を受けることを決意。そして、31人中2人の合格者の1人となり、同年2月に深田貞子さんと共に同社の戦後初の女性記者の1人としてキャリアをスタートさせた。

 

 5ヶ月後に入社してきたやなせ氏とは「月刊 コウチ」の編集部で共に仕事をするようになった。総一郎さんが生前に贈ったライカのカメラと、小松家の支援によって身に着けた速記の技術を武器に、暢さんは女性記者として大活躍していたという。

 

 2人の距離はドラマでも描かれた東京出張での「おでん事件」で近づき、ほどなくして恋仲になる。ところが2人の時間は長くは続かない。暢さんは、知人が社会党の代議士になるため秘書としてスカウトされて、上京することになったのだ。

 

 「先に行って待っている」という言葉を残して去っていった暢さんを想いながら働き続けていたやなせ氏だが、心の中では自分も上京したいという気持ちが強くなっていた。きっかけは、4人での東京出張だ。戦前、自身が絵やデザインを学び、そして製薬会社の宣伝部で働いていた東京はすっかり様変わりしていたが、それでも東京という地への憧れが蘇ってきたのである。やなせ氏はこの時の心境について、著書『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)で「このまま田舎の地方新聞の記者として終わりたくはなかった」と記している。

 

 やなせ氏にとってもうひとつの気がかりは、育ての母親である伯母・キミさんのことだった。伯父・寛さんの妻であるキミさんは、養子でもなかったやなせ氏のことをわが子同然に愛して育ててくれた女性だった。夫の寛さんに先立たれ、戦争で息子の千尋さん(養子でやなせ氏の実弟)を喪っており、柳瀬家は男手がいなくなっていた。

 

 同年1221日の早朝に起きた昭和南海大地震は、そんなやなせ氏に上京を決意させる大きなきっかけとなった。慌ただしく取材をし、情報をまとめて報道をしていた他の記者と異なって、朝までぐっすり眠り込んでいた自分はジャーナリストに不向きであると再認識したというのである。

 

 憧れの東京には恋慕う暢さんがおり、そこで漫画やデザインの仕事に再びチャレンジしたいという思いはついにやなせ氏に退職という決断をさせた。キミさんのことも、寛さんや千尋さんの遺産と土地があったことから金銭的にも問題ないと判断した。

 

 しかし、いざ辞職の意向を伝えると、上層部や社内の人間から非難されることになったという。曰く、「入社から1年も経たずに辞めるとはけしからん」「腰かけだったのか」「女(暢さんのこと)を追いかけていくのか」と。

 

 それを収めてくれたのが、ベテラン記者の1人で、「志を立てて上京しようとしているのなら、我が社としては快く送り出してやればいいじゃないか」と庇ってくれたのだとか。こうしてやなせ氏は高知を離れ、上京後の仕事や生活のことはひとまず後回しにしてほぼ身一つで暢さんの元へ向かったのだった。

イメージ/イラストAC

<参考>

■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)

■高知新聞社編『やなせたかし はじまりの物語: 最愛の妻 暢さんとの歩み』

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