朝ドラ『あんぱん』就職先で「人気の美少女」に惚れ込み… やなせたかし氏の「運命の恋」とは
朝ドラ『あんぱん』外伝no.52
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第15週「いざ!東京」が放送中。のぶ(演:今田美桜)たちは『月刊 くじら』の校了前に原稿を回収できず、空いたスペースを漫画で埋めることに。社会部記者となった嵩(演:北村匠海)の活躍もあり、漫画は無事に完成して雑誌は完売した。そして嵩も雑誌編集部に異動し、2人は同僚として距離を縮める。さて、史実でもやなせたかし氏はこの時「運命の恋人」に出会っていた。
■お相手は色白の美少女タイプで、明るく活発な社内の人気者
終戦から約7ヶ月後の昭和21年(1946)3月に復員船に乗ったやなせたかし氏(本名:柳瀬 嵩)は、故郷の後免町に戻ってからというもの、しばらくは呆然と過ごす日々をおくったそうだ。長く軍隊にいた“後遺症”なのか、思考力が落ちて自発的に動くことができなくなっていた。幸い、衣食住には不自由がなかったこともあって、急いで働く必要もなかったようだ。
そんな嵩さんに声をかけたのが、同郷の戦友の1人で、彼は米軍の駐屯地を回って廃品を回収する仕事をしていた。有料で廃品回収をし、そのなかから再利用できるものを見つけて売るのである。二重に稼げるこの仕事は実入りが良かったようで、嵩さんもそれを手伝うことにした。「廃品を回収する→選別する→販売する」というルーティンが決まっているので、「命令されなければ動けないし、思考も十分にまとまらない」という状況に陥っていた嵩さんにとっても良い仕事だったと言えるだろう。
しかし、その仕事こそが嵩さんにとって戦後最初の転機になる。回収したゴミのなかに雑誌や書籍もあったのだが、それがまた新鮮だった。異国の見慣れないデザインや斬新なイラストに魅了された嵩さんは、もう一度デザインや絵の仕事がしたいと思うようになったのである。
そんな時、高知新聞社が記者を募集していることを知った嵩さんは、入社試験を受けることに。大学卒のエリートを含めて希望者が殺到したものの、無事合格となった。そして、昭和21年(1946)6月、嵩さんは高知新聞社の社会部記者となったのである。
新人記者としてスポーツや政治のネタを記事にしていたが、間もなく同社が創刊することになった雑誌『月刊 コウチ』の編集部に異動になった。編集部には編集長・青山茂さんと、品原淳次郎さん、小松暢さんという社員がいた。暢さんは『あんぱん』のヒロイン・のぶのモデルとなっている女性だ。
暢さんは夫を亡くした後同社に入社し、“速記の達人”として大活躍していた。速記自体は婚家である小松家の支援によって既に身に着けていたらしく、即戦力として政治や社会問題の記事を担当していたという。亡夫・総一郎さんから生前贈られたカメラも大いに役立っていた。
暢さんは一見すると色白でかよわい感じの美少女タイプ。しかし、学生時代は「韋駄天おのぶ」の異名をとった短距離ランナーでもあり、広告費の集金で相手がナメた態度をとるときっぱりと「払いなさいよ」と言ってハンドバッグを投げつけるような男勝りな面もあった。明るく、誰にでも好かれる社内の人気者だったという。
嵩さんはすっかり暢さんに魅了されて、あっという間に恋におちた。あまりの単純さに自分でも情けなくなったというが、好きな人に会えるというだけで毎日の出勤が楽しくなったという。そしてこれが、嵩さんにとって人生を懸ける「運命の恋」になった。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)