朝ドラ『あんぱん』史実では汽車で座らせてもらえなかった!? 「敗戦国民はどけ」と殴られた惨めな体験
朝ドラ『あんぱん』外伝no.54
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第16週「面白がって生きえ」が放送中。のぶ(演:今田美桜)と嵩(演:北村匠海)は嵩が軍隊生活を共にした八木信之介(演:妻夫木聡)と出会う。2人は八木を知る人々に取材し、東京取材を終えて高知に戻った。のぶは代議士・薪 鉄子(演:戸田恵子)ではなく八木の記事を書き上げ、嵩は雑誌の表紙にのぶを描く。さて、満足感を滲ませた帰路の汽車のシーンがあったが、史実では往復の汽車の移動でやなせたかし氏らは大変な思いをしていた。
■汽車に押し込まれて苦しい思いをしながら移動
やなせたかし氏が高知新聞社に入社したのは、昭和21年(1946)6月のことである。一旦は社会部の記者として配属されたものの、間もなく同社が創刊した「月刊 コウチ」の編集部に異動になった。そこにいたのが、編集長の青山茂さん、編集部員の品原淳次郎さんと小松暢さんである。
創刊から間もなく、編集部員4人が揃って東京取材を敢行することになった。仕事の主な目的は、国会議員や高知出身の作家へのインタビュー。終戦から約1年、復興の兆しが見えつつあった東京の盛り場のレポートもあった。仕事ではあったが、ほぼ社員旅行のようなものだったという。
しかし、当時の交通事情は極めて厳しい。まず高知市から連絡船に乗るために高松に行くのでさえ時間がかかる(現代ですら高松港まで公共交通機関で約3時間かかる)。そこから本州に渡って、山陽線、そして東海道線で東京へ向かうのだ。汽車には十数時間乗らなければならないし、体力的にもかなり厳しい。
しかも、汽車は超満員が常だったという。やなせ氏は著書において、窓から押し込まれて(あるいは押し出されて)出入りするのが普通だったと述懐している。デッキまでぎゅうぎゅうに人間が詰め込まれた汽車に揺られ続け、食事やトイレを挟みながら移動するのだ。往復ともに、辛い時間である。実際、やなせ氏はどうやって食事をとり、トイレを済ませたのか、まるで覚えていないという。
我々だって、通勤・通学ラッシュの時間に満員電車ですし詰め状態でいるのは苦痛だ。あの状況を想像してみてほしい。そしてそれが何時間も続くとしたら……想像するだけで恐ろしい。
ドラマ内ではさすがにそんな状況は描けなかったのか、東京取材を終えて帰路についたのぶたちは4人そろって座席に座り、充実感を漂わせていた。しかし、史実ではなかなか座ることさえできなかったのだという。
稀に座席が空き、そこに急いで座っていると、外国人が近寄ってきて「こら、お前ら敗戦国民はどけ!」と殴られ、無理やりどかされた。やなせ氏の著書ではそうした暴力を振るってきた相手の国籍までは触れられていないが、「惨めな気分だった」とその時の出来事を記している。

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<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)