地獄に落とされた紫式部を小野篁が救った!? 「観音菩薩の化身」と閻魔大王にウソをつき……
日本史あやしい話
『源氏物語』を著した紫式部が、あらぬ色恋沙汰を物語に仕立てて人々を悩ませたとの罪をもって地獄へ落とされたと、本気で信じられたこともあった。それを救い出したのが、閻魔大王に仕えていた小野篁だったとも。もちろん、史実としてあり得ないお話であることは言うまでもない。それにもかかわらず、二人の墓が仲良く並んでいるのは、いったいなぜなのだろうか?
■色恋沙汰を物語にして人を悩ませた紫式部の罪
紫式部が地獄に落とされたという話を聞いたことがあるだろうか?世を害する色恋沙汰を物語にして人を悩ませたというのが罪状であった。今でこそ、日本最高の文芸作品として多くの人がその価値を認める『源氏物語』。その作者・紫式部に対する評価が高いこともまた、言うまでもないことである。
それにもかかわらず、平安時代末以降の一時期においては、これが悪書で、それを著した彼女を悪女とみなしたこともあったようだ。仏教説話集『宝物集』によれば、仏教における五戒の一つ「不妄語戒」を破ったとことがいけないということになるらしい。
五戒とは、「不殺生戒」「不偸盗戒」「不邪婬戒」「不妄語戒」「不飲酒戒」の五つの戒めで、そのうちの「不妄語戒」が、この事例に該当するという。妄言、つまり嘘をついてはいけないという教えに反するというのだ。今でこそ、小説といった類の作り話を卑しむべき妄言であると見なす人など多くないだろうが、当時においては、そのように思い込む人も少なくなかったという。まあ、あらぬ色恋沙汰を物語に仕上げて興じていたことは間違いないわけで、視野をぐ〜んと狭くして厳格に捉えれば、そう思われても仕方のないことなのかもしれない。
ともあれ、紫式部は、地獄へ落とされた。いや、そう思われていたようである。ところが、ここで思わぬ救世主が現れた。地獄の主である閻魔大王に仕えていた小野篁であった。公卿であり、詩及び書の達人としても知られた御仁である。
ちなみに、小野篁がなぜ地獄の冥官になることができたのかについても言及しておくべきだろう。それは、世が干ばつに苦しんでいた頃のお話である。何を思ったか、聖なる神泉池において、禁じられていた釣りに敢えて興じたのだという。もちろん、池に住む 龍神が怒ったことはいうまでもない。実は龍神とは水の神様で、彼を怒らせることで嵐となることを予見していたのだ。案の定、大量の水を得ることができた。彼は敢えて龍神を怒らせ、雨を降らせたというわけである。この機転の良さに感心したのが閻魔大王で、彼の能力を認めて、冥官の一人に加えたというのだ。
■紫式部が観音菩薩の化身?
その真偽はともあれ、地獄へと落ちた紫式部に話を戻そう。小野篁がどのような手を使って彼女を救い出したのかである。結果から言えば、彼女が観音菩薩の化身だとの話を作り上げて、大王を納得させたというのだ。悪女から一転、観音様の化身に祭り上げられてしまった紫式部こそ、その急転ぶりには目を丸くしたに違いない。その経緯がどういうものなのか、それがわかれば、なるほどと納得していただけるに違いない。
冒頭にも記したように、そもそも『源氏物語』なる書は悪書で、彼女自身も五戒を破った悪女だということで地獄に落とされたわけであるが、それは当時の人々にとっても心苦しいものであった。多くの人が、彼女を地獄から救い出さんと念じたようである。その方策として行なわれたのが、盛んに法会を催し、法華経二十八品を写経することであった。となれば、仏法の興隆に大きく寄与することにもつながる行であったとも考えることもできそうだ。小野篁はこれを利用した。さらには、それをとびっきり大きく評価し、挙句、観音菩薩の化身にまで仕立て上げてしまったというわけである。少々出来過ぎたお話とは言え、彼女が地獄から救い出されたこと自体は喜ばしいことである。何はともあれ、ホッと一息ついてしまうのだ。
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