「日本武尊の子・武田王」と武田信玄の繋がりとは?
鬼滅の戦史111
日本武尊(やまとたけるのみこと)の子・武田王(たけだのきみ)が拠点とした甲斐(かい)武田の郷。そこに鎮座する武田八幡宮で、河内源氏の流れを汲む武田信義(たけだのぶよし)が元服。これが武田氏の始まりであったといわれる。この信義の元に、死んだはずの源為朝(みなもとのためとも)が身を寄せてきたという逸話まである。一体、どういうことなのだろうか?
王仁塚が、武田王の屋敷跡兼墓所だった?

初めて武田氏を名乗った信義から数えて、信玄は16代目にあたる。武田信玄「川中島東都錦画」/都立中央図書館蔵
武田王とは、熊襲(くまそ)や蝦夷(えみし)を征討したとして知られる日本武尊の息子である。ただし、その名が『日本書紀』や『古事記』に記されることはなく、神道の神典とされる『先代旧事本紀』や、偽書の疑いまで取りざたされる『ホツマツタヱ』に登場するだけというのが、少々気になるところである。
ともあれ、母の名は前者が弟橘姫(おとたちばなひめ)、後者が宮簀媛(みやずひめ)とするなどの違いはあるものの、父が日本武尊であることに変わりはなかった。ただし、詳しい経歴などがほとんど伝えられることがなかったこともあって、実在の人物だったのかどうかは定かではない。
それでも、伝承としては、山梨県韮崎(にらさき)市にわずかながらもその動向が伝えられている。舞台は、市内西部を流れる釜無川(かまなしがわ)、その近くに位置する王仁塚(わにづか)である。今は桜の名所として知られるところであるが、桜の木の根元の盛り土が実は武田王が葬られた墓で、且つ屋敷のあったところだと気付く人は少ない。
彼がどのような経緯でここに住むようになったのかはわからないが、そこに武田王の痕跡が残っていることの意義は大きい。父・日本武尊が東征の帰路、甲府市の酒折宮(さかおりみや)からこの辺りをたどって尾張に向かった、その証と見なすことができるからである。
釜無川流域に日本武尊を祭神として祀る神社が点在しているということもあわせて鑑みれば、日本武尊は釜無川を北上して諏訪湖あたりで反転。天竜川に沿って、尾張へ向かったと想定できるのだ。
もちろん、これは筆者の推論でしかないが、武田王や日本武尊ゆかりの伝承地を地図上に連ねてみれば、自ずと、そう推測したくなってしまうのである。
ともあれ、武田王が屋敷を構えてこの地に君臨したことで、辺り一帯が「武田」と呼ばれたとか。ちなみに、仮に実在したとすれば、いつ頃の人物だったのだろうか? その点も気になるが、明確に答えることはできそうもない。推測の域を出ないが、およそ4世紀後半と見なしておきたい。
その後数百年にわたって、武田王が館内に祀っていた地神としての武田武大神が、彼の死後も同地域で祀られ続けていたことは間違いないだろう。
武田信玄と日本武尊の意外な繋がり
その武田の地の1つ目の転換期といえるのが、武田王の時代から400年以上過ぎた弘仁13(822)年のことであった。
「弘法大師」として名の知られた空海が、突如登場。夢に八幡大菩薩がこの武田の地に現れたとして、宇佐八幡宮(石清水八幡宮とも)から八幡神の分霊を勧請して武田八幡宮を創建したというのである。これは前述の王仁塚のほど近くにひっそりと佇む神社で、歴代の甲斐国司によって造営が繰り返されたようである。
それからさらに300年以上過ぎた保延6(1140)年、2つ目の転換期が訪れる。
新羅三郎義光から数えて甲斐源氏4代目当主にあたる信義が、武田八幡宮で元服し、名を武田太郎信義と改めたからであった。これが武田氏の始まりである(初めて武田氏を名乗ったのを義清と見る説もある)。
かの武田信玄は、新羅三郎から数えて19代目にあたる甲斐武田家の当主で、初めて武田氏を名乗った信義から数えれば、16代目にあたる。つまり信玄も、血の繋がりはないとはいえ、元をたどれば、武田王を通じて日本武尊とも繋がっているという訳である。
ちなみに新羅三郎とは、河内源氏の棟梁・源頼義(みなもとのよりよし)の三男で、甲斐に着任して土着。甲斐源氏を称した御仁である。拠点としたのが、山梨県北杜市須玉町若神子の若神子城(わかみこじょう)だったとか。前述の武田八幡宮の北7〜8㎞のところである。
この信義の名を聞いて思い起こすのが、平家討伐を目的とした源氏一門の挙兵だろう。源頼朝が以仁王(もちひとおう)の宣旨(せんじ)を受け取って挙兵したように、信義もまた甲斐源氏を率いて出陣。富士川の戦いに参戦した後、駿河一帯を占拠している。この時は頼朝が、渋々追認したようである。
しかし、独自路線を歩もうとするところは、当然のことながら頼朝の嫌うところで、程なく信義は失脚。息子たちも暗殺、配流と、散々な目にあっている。無事生き残った信光が武田家の跡を継いで、信玄や勝頼へと系譜を繋いでいったのである。
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