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上田原合戦で散った信玄の両職【板垣信方(いたがきのぶかた)・甘利虎泰(あまりとらやす)】

孫子の旗 信玄と武田軍団 第5回

信玄が一目置いた二人の家臣

父、武田信虎をクーデターで排除した信玄だが、父の代の重臣を引き続き重用し、家臣団の中核に据えた。板垣信方、甘利虎泰も信玄の信濃侵略に尽力し、その任を全うした。 武田信玄像/山梨県立博物館蔵

 武田信玄が父・信虎を駿河に追放する際にその策略を図り実行に移したのは、信玄の傅役・板垣駿河守信方(いたがきするがのかみのぶかた)(信形とも書く)と飫富虎昌(おぶ とらまさ)の2人であり、これに武田氏の親戚筋に当たる穴山信友(あなやま のぶとも)(信君の父)と甘利備前守虎泰(あまりびぜんのかみとらやす)が加わってクーデターが成功裏に終わった。

 

 この板垣と甘利は、武田家の家臣団トップである職(家老・重臣)という役目であったから、信玄は2人を「両職」と呼んで、一目置いた。そして2人とも家臣団ではあるが、甲斐源氏武田氏の支族(遠祖を同じくする同族)という関係でもあった(甲斐源氏は清和源氏新羅三郎義光から始まり、義清→清光→信義と続いて「武田氏」を名乗る)。

 

 甘利氏は、鎌倉時代に源頼朝に謀殺された武田信義の嫡男・一条次郎忠頼(いちじょうじろうただより)の子孫で、南アルプスの前山に当たる甘利山の麓に住んだことから「甘利氏」を名乗り、後には武田家臣団の重職になった。板垣氏は、同じく鎌倉時代、信義の二男・三郎兼信(さぶろうかねのぶ)が板垣荘(甲府)を領して「板垣氏」を称した。いわば2人ともに、甲斐源氏の同族意識が強く、しかも勇猛な部下をかかえて信虎・信玄の2代に仕えた侍大将である。

 

 板垣信方は、自我が強く合戦にも強かった。武田家を支えているという自負もあり、野心家でもあった。その野心部分が、信虎追放の中心人物になったのであろう。信玄は信方に一目置くと同時に警戒感も抱いた。信方死後に、様々な理由からその嫡男・弥二郎信憲が自刃させられた理由は、こうした信方の野心にも一因があったろうと思われる。

 

 甘利虎泰は、信方に比べ「信じるに足り益をもたらす人物」とされた。信玄の信州経略に従って各地を転戦したが、慎重な戦いぶりで、部下からの信頼も篤かった。2人の最後の戦いは、天文17年(1548)2月の上田原合戦であった。敵は、信濃最強といわれた北信濃の村上義清(むらかみ よしきよ)。信虎時代には同盟した相手だったが、信玄時代には敵対関係になっていた。上田原は、千曲川の支流である産川と浦野川を挟んだ草原である。埴科・更科・小県3郡の境界地点でもある。

 

 武田・村上両軍は、雪深いこの地で激突した。武田軍1万5千。これに対して村上軍7千という兵力差であった。武田軍本陣には信玄。その左翼に板垣・甘利隊、右翼に金丸・小山田隊という布陣である。兵力差はあったが、地理の上では村上軍有利。しかも霧が出始めた。

 

 義清は軍略にも長けていて、板垣・甘利隊を本陣から引き離す戦法に出た。強気の信方は、兵数に勝っていたこともあって村上軍を追った。引きずられるように虎泰も信方に合わせた。暗転した村上軍は、霧の中から正面攻撃に移り、板垣・甘利隊を混乱させた。その間に、本陣も急襲されて信玄は左肩を槍で刺された。傷は浅かったが、本陣も混乱した。霧の中を深追いした信方は、それでも一五〇を討ち取り、合戦の最中であるにも関わらず、首実検をした。余裕を見せる作戦であったかも知れない。しかし、ここを襲われて討ち死にしたという。智将とは思えない最期であった。

 

 虎泰は善戦した。信方同様に深入りしすぎたのだが、虎泰が討ち死にした後も甘利隊は、誰1人として敗走せずに、村上隊の猛攻を凌いだ。後に、この様子を知った信玄は「備前による日頃の慎重な訓練がものを言ったのであろう」と評したという。

 

 なお、明治を前にして東山道先鋒総督府参謀として甲府城に入った乾退助(いぬいたいすけ)は、板垣信方の子孫を名乗って姓を「板垣」に改めた。その系譜によれば、武田滅亡後に信方の子孫が浜松にいた山内一豊の家臣・乾乾作の養子となり代々土佐藩・山内家に仕えたという。退助は信方から13代目になるという。

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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