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なぜご遺骨から「遺留品」が発見されても「すぐに日本に帰還できない」のか?

パラオ戦没者遺骨収集のいま 


■発見される遺留品の品々

 

 発掘調査を実施すると多くの「遺留品」が出土する。戦没者遺骨収集事業では、出土する遺物は「遺留品」と呼んでいる。(考古学では一般には「出土品」「出土遺物」と呼称している)

 

 この「遺留品」には、ボタン、バックル、地下足袋、軍靴、鉄カブト、軍刀、鉄剣、タビの小札、メガネなどの普段身につけている物から、液体ビン、認識票、タバコケース、銭貨、印鑑、万年筆、手榴弾が発見されることがある。パラオに派遣された第14師団(宇都宮)は満州チチハルに駐屯していて、はるか南太平洋へと移動してきた。このため、ボタンの中に明らかに防寒コート、フロックコート用の厚いものがよく発見される。

 

「手榴弾」は日本軍兵士が最後に自決するため、各兵士に1個は残しておくよう指示していた。このため、発掘で頻繁に発見される。日本軍の「手榴弾」には大きく4種類あり、91式、97式はワッフル状の鉄製殻で覆われている。99式はより小型の円筒状、23式は引手をもつ形状である。

 

 銭貨は戦前日本では出征した兵士の無事帰還を祈願した家族連が、地元で一般の人に銭貨を布に織り込んでもらう「千人針」という風習が多く各地で流行した。ここでは、「5銭貨を縫い込めば死線(4銭)を超える」、「10銭貨を縫い込めば苦戦(9銭)を超える」という意味での風習であった。この「千人針」を、戦地への慰問袋(戦地にいる身内へ送った品々)内に封入して送った。

遺留品の銭貨、ボタン、鉄カブト

遺留品の銭貨、ボタン、鉄カブト

 ところで、アンガウル島で発見されたタバコケースの裏蓋に「1人の女性写真」が封入されていた。大きな木の横に清楚な女性が立って佇む画像で、両切タバコは10本全て残されていた。タバコを1本も吸わない内に戦死したことになる。当初、この女性は「当時の有名女優なのか?」「タバコケース持ち主の奥さんか恋人なのか?」と調査団内でも侃々諤々(かんかんがくがく)となった。今、アプリで写真が有名な人とどの位の確率で該当するか調べることが出来るのである。そこで、戦前の著名な女優さん例えば「高峰秀子」「高峰三枝子」「李香蘭」さんとこのタバコケース女性との該当率を試したところ、全くヒットしなかった。

 

 そこで、同島守備隊の主力が歩兵第59連隊(宇都宮)であったことから、考古学の友人の伝手でNHK宇都宮放送局に連絡してニュース番組中で特集を組んでいただき放映された。その結果、直ちに反応がありこの写真が「水戸光子」さんと判明したのである。

タバコケース 水戸光子さん

タバコケースに封入されていた水戸光子さんの写真

 戦前から活躍した女優さんで、ルバング島から帰国した小野田少尉が記者会見で口にした女優さんとして有名な方である。主演クラスではなく、脇を固める女優として評価の高い美人である。因みに、戦後は「映画寅さんのオイチャン役で有名な笹川信さん」と結婚した方でもある。

 

 発見される「印鑑」には、名前だけのものが多い。しかし、中にはフルネームが印刻されている場合もあり、現在まで残されている「部隊兵員名簿」などから該当兵士を探すことが可能となる。パラオには戦前沖縄県から移住した人々も多いため、この印鑑名も沖縄県の方であった。

 

「認識票」とは部隊ごとに各兵士個人に配布された「個人特定用標識」で、原則楕円形の真鍮製(時には木製も)で大きさは4.7㎝×3.5㎝が一般的である。表面には「師団名、大隊名、中隊名、小隊名、個人番号」が和数字で刻まれている。

アンガウル島から出土した錆びた認識票

 現在のパラオ共和国の法律では、国内で発見された事物は「一切国外に持ち出し禁止」となっている。このため、上記で見てきたような「遺留品」がご遺骨から発見されても、すぐに日本に帰還できない。かなり高い確率で本人が特定できても、日本とパラオ両国で協議折衝しての帰国となります。これまで、わずか数例しかこれに該当していない。なかなか厳しいのが現実である。

 

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山岸良二やまぎしりょうじ

1951年東京生。慶應義塾大学大学院修了。専門は日本考古学。東邦大学付属中高校で44年間教鞭。退職後昭和女子大学、放送大学で教壇に立つ。日本最大の考古学会である日本考古学協会理事歴任。「世界一受けたい授業」日本テレビ、「ダークサイドミステリー」NHK、2021年BSフジ「日本史の新常識」、2022年フジ「何だコレ!ミステリー」などテレビ出演多数、。毎日新聞千葉版で「習志野原今昔物語」全11回連載。著書に『考古学のわかる本』『関東の方形周溝墓』(同成社)、『古代史の謎はどこまで解けたのか』(PHP新書)、『いっきに学び直す日本史』(東洋経済)、『秋山好古と習志野騎兵旅団』(雄山閣)など多数。2025文化財保護貢献で「旭日単光章」叙勲。

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