朝ドラ『あんぱん』女中・しんのモデルの女性と夜中に抜け出し… 2人が家族に秘密にしていた優しい思い出
朝ドラ『あんぱん』外伝no.12
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』、第4週は「なにをして生きるのか」が放送中だ。女子師範学校の受験に向けて猛勉強する朝田のぶ(演:今田美桜)と、母・登美子(演:松嶋菜々子)に“医者になって柳井医院を継ぐ”というプレッシャーをかけられている嵩(演:北村匠海)。嵩に勉強を教わりにきたのぶの対応をしたのが、昔から柳井家で働いていた女中の宇戸しん(演:瞳水ひまり)だ。実は彼女にもモデルがいる。今回はやなせたかし氏の幼少期、心の支えとなっていた1人の女性とのエピソードを紹介する。
■「おかわいそうです」と嵩さんを気遣った心優しい女中
やなせたかし氏(本名:柳瀬 嵩)は、優しくて優秀だった父・清さんと、名家のお嬢様でいつも美しく着飾り、甘い香水の香りを振りまいているようなハイカラな美人だった母・登喜子さんの長男として誕生した。2歳年下の弟として生まれたのが、千尋さんだ。
モダンで先進的な両親との、東京での幸せな暮らしは残念ながら長くは続かなかった。清さんが単身赴任先の厦門で病没したためである。これを機に、弟の千尋さんは清さんの兄・寛さんと妻のキミさんの養子となった。とはいえ、これは子がいなかった夫妻の願いもあって、清さんの生前から決まっていたらしい。
さらに、嵩さんが小学2年生になった頃、登喜子さんは再婚するため嵩さんをおいて高知を去ってしまった。こうして、幼い嵩さんは孤独を抱えて生きることになるのである。
嵩さんは千尋さんのように柳瀬夫妻の養子に入ることはなかったが、それでも夫妻はまるでわが子のように嵩さんのことも愛してくれたという。とはいえ、実父を病で突然亡くし、母は再婚するために自分を置いていってしまい、弟は幼い時から正式に柳瀬夫妻の養子になっている。幼いながらに、嵩さんは家族がバラバラになった哀しさに打ちひしがれ、口さがない近所の人々が登喜子さんの悪口を言うのにも耐え、どこか身の置き場がないような孤独感に苛まれながら柳瀬家で暮らしていた。
そんな小学生の嵩さんを心配したのが、当時柳瀬家に住み込みで働いていた若い女中だった。名前を「朝や」というその女性は、弟にさえ遠慮し、伯父や伯母に甘えられないでいる嵩さんのことを「(尊ばれるはずの長兄なのに)かわいそうです」と言って気遣ったという。時々、他の家族に見つからないようにあめをくれることもあったそうだ。
ある日、朝やさんは思い切った行動に出た。柳瀬夫妻や千尋さんがすっかり寝静まった頃、誰にも知られないような時間に嵩さんを連れ出したのだ。朝やさんが嵩さんをおんぶして向かったのは、町の駄菓子屋だった。朝やさんは事前に頼んで、特別に夜中に店を開けてもらっていたのだ。そこで、普段寛さんやキミさんが禁止している駄菓子を嵩さんに買ってあげたのだった。
やなせたかし氏は、後にこの時の思い出を詩にしており、その小さな駄菓子屋のことを「夢の天国だった」と表現している。朝やさんの優しい気持ちは、その後も長く心の中に生き続けることになったのだった。

イメージ/イラストAC
<参考>
■梯 久美子『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)
■門田隆将『慟哭の海峡』(角川書店)