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【ランキング】日本史上の芸術家で、「人間国宝に推したい人」は誰?


歴史的、そして社会的な産物でもある芸術作品。今回のアンケートは、「日本史に登場する芸術家で、”人間国宝”に押したい人物は誰か?」について集計。411票の投票から、第5位から第1位までを発表します。 <総票:411票  男性:女性=7:3>


人間国宝に推したい芸術家No.1の人物は、東京都墨田区に生まれ、人生の長い時間をこの地で過ごしました。この芸術家とその門人の作品が写真の「すみだ北斎美術館」に所蔵されています。

 

第5位 「狩野永徳」 投票数:45票 

 

 45票を集め第5位に選ばれたのは、安土桃山時代を代表する絵師・狩野永徳(かのう・えいとく)。日本画壇の主流である狩野派の3代目棟梁として、織田信長(おだ・のぶなが)や豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし)に仕えました。信長の安土城、秀吉の大坂城や聚楽第などの障壁画を制作しました。

 

 国宝で、三の丸尚蔵館所蔵の「唐獅子図屏風(からじしずびょうぶ)」を思い浮かべる人も多いでしょう。六曲一双の屏風に描かれた唐獅子は、圧倒的な迫力で観る者に迫ってきます。また同じく国宝で、最晩年の作品「檜図屏風(ひのきずびょうぶ)」からも永徳の美意識がうかがえます。20代の前半に、すでに「洛中洛外図屏風 上杉本(らくちゅうらくがいずびょうぶ うえすぎぼん」を制作したともいわれていますから、天賦の才を持って生まれて来た画人だったといえるでしょう。

 

 永徳を推す人からは、「豪華絢爛で迫力ある絵力に圧倒される」「唐獅子を直接、観たときの衝撃は忘れられません」「桃山文化を象徴する芸術家」などという力強い声が寄せられています。

 

 

 

第4位 「伊藤若冲」  投票数:54 

 

 永徳に9票の差をつけ54票で第4位となったのは、江戸時代の画家「伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)。10代半ば頃、狩野派の絵師に弟子入りした後、独学で絵を学び道を切り拓きます。84歳で他界するまで、精力的に描き続けた、異端の天才絵師といえるでしょう。

 

 京都の錦小路にある青物問屋の生まれで、市場に並ぶ魚や自宅の庭で飼っていた鶏など、身近な動植物の姿を色彩豊かに、綿密に描きました。40代の前半から50代前半まで約10年の歳月をかけて完成させた30幅の「動植綵絵(どうしょくさいえ)」は、相国寺に寄進された代表作。現在では国宝として宮内庁に所蔵されており、世界中の人を魅了しています。

 

 若冲ファンからは「美術展はいつも満員、すごい行列。現代人に圧倒的な人気も才能の証」「その精密さ、その大胆さ! どちらも兼ね備えた不思議な魅力に、絵から目が離せません」などという熱い声が寄せられました。また「シュールレアリズムを思わせる独特な雰囲気……。大胆なデフォルメ……。ただただ、溜息が出るばかり。奇想の画家と呼ばれる作風に魅了されるばかりです」と、うっとりする様子がうかがえます。

 

 

第3位 「千利休  投票数:117票 

 

  第3位は4位の若冲の倍以上、117票を獲得して「千利休(せんのりきゅう)」が選ばれました。戦国時代から安土桃山時代に活躍した、日本を代表する茶人です。天下人・豊臣秀吉に重用されるも、やがて、その関係に亀裂が生じ、最後には切腹を命ぜられたことはあまりに有名です。

 

 「現在の日本人の精神に息づく”侘び寂び”は、この人あってのこと」「茶道の基礎を作り、広めた功績は本当に偉大だと思います」「茶道を大名たちの外交の場として成り立たせたところも素晴らしい」など、侘び茶を確立し、”茶聖”とも称された千利休を讃える声が多く寄せられました。また「道具の目利きだった利休。名品を鑑定する力もずば抜けていたことを考えると、骨董品など茶道具の隆盛にも大いに貢献したと思います」といった、利休を商人として評価する意見もありました。

 

 また歴史ファンのなかには、豊臣秀吉と千利休の確執について触れた人も多くいました。「利休が切腹する背景に、本当は何があったのか……気になります。私は最後まで己れの美学を貫いた利休の精神力に敬服しています。”茶においては、人は平等であるーー”天下人・秀吉に対して、利休は自身の命を賭してまで訴えたのだと思います」

 

 

 

第2位 「運慶 投票数:120

 

 第2位は、僅差で「運慶(うんけい)」で、120票を獲得しました。平安から鎌倉時代にかけて活躍した運慶は、輝かしい彫刻の時代を牽引した、日本で一番、著名な天才仏師かもしれません。

 

 興福寺を拠点に活動していた奈良の仏師の子として生まれた運慶の詳しい生い立ちはわかっていませんが、動乱の時代に、貴族のみならず、東国武士からの依頼で仏像を制作。奈良・京都を拠点に工房を率い、興福寺や東大寺の復興にも尽力したようです。

 

 金剛峯寺蔵の国宝「八大童子立像(はちだいどうじりゅうぞう)」や、興福寺蔵の国宝「無著菩薩立像(むじゃくぼさつりゅうぞう)・世親菩薩立像(せしんぼさつりゅうぞう)」などの代表作に見られるような生命力溢れる、卓越した造形力に、魅了されている人が多いことでしょう。

 

 「運慶こそ、人間国宝」と推薦する人たちからは、「日本中世の最高の仏師」と絶賛する声が聞かれます。「写実的な力強さは、観る者を黙らせる力があります」「特に東大寺南門の金剛力士像が好きです。今にも動き出しそうで、躍動感がすごい!」と熱い意見が多く寄せられました。

 

 また、美術愛好家の方からの推薦コメントも印象的でした。「ミケランジェロは、”どんな石の塊も内部に彫像を秘めている。それを発見するのが彫刻家の仕事だ”と語っています。運慶はまさに、その通りの行いをしたと感じさせられます。動き出しそうな筋肉、生きているかのような表情……。畏怖の念を抱かざるを得ません」

 

 

第1位 「葛飾北斎」 投票数:189

 

 そして第1位に選ばれたのは、「葛飾北斎(かつしか・ほくさい)」。江戸時代を代表する浮世絵師で、19世紀末のヨーロッパにジャポニズムと呼ばれる日本ブームをもたらした芸術家のひとりでもあります。21世紀において、その人気は益々、世界に拡がっているようで、2020年に新しくなった日本のパスポート・デザインに、北斎の「富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」が採用されたことはご存じの通りです。

 

 宝暦10年(1760)に、現在の江戸本所割下水(現在の東京都墨田区)に生まれ、6歳の頃に絵に強い関心を持っていたようです。家業は鏡師でしたが、継がずに貸本屋の丁稚になり、その後、14歳のときに木版彫刻師の徒弟になり木版の印刷技術を習得。18歳のころ、絵師になることを決意したといわれています。

 

 北斎の名前が知られるようになったのは、40代後半。曲亭馬琴(きょくていばきん)とのコンビで発表した読本挿絵「新編水滸画伝(しんぺんすいこがでん)」「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」などで一世を風靡します。その後は弟子を大勢抱え、「北斎漫画」の制作にも傾注、また絵手本も次々と出版します。代表作「富嶽三十六景」など代表作となる錦絵を描いたのは70代になってのこと。

 

 90歳で他界するまでに、約3万点の作品を描き続けました。自らを”画狂老人”と名乗った通りの人生だったようです。

 

 推薦する人からは「現代において、”日本の美術作品といえば北斎だ”と言ったとしても、多くの人が納得できるように思います。それほどに素晴らしい」「江戸時代に、かくも斬新なアートを創った画家がいたとは! HOKUSAIは間違いなく、世界に誇れる宝です」など熱いコメントが数多くありました。また、「北斎ブルーだけで本が一冊書ける。これもまた北斎の偉大さの証だと思います」「庶民にも芸術を広めたことが素晴らしい。年齢を重ねてなお、探究心を忘れなかったことが、人間としても尊いと感じます」と北斎の奥深さや人間としての魅力に引かれる人も多くいたようです。

 

(アンケート…メールとハガキで集計。総票数:411票)

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