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関ヶ原にて父を窮地から救うため家康に猛アピールした「生駒一正」(東軍) 

「関ヶ原の戦い」参戦武将たちの本音! 第6回 


天下分け目の大戦・関ヶ原合戦には、取り上げられることが稀なマイナーな武将たちも参戦していた。それらの中から東西両軍武将たちをフォーカスし、なぜ東軍(西軍)に加わったのか、合戦での役割はどんなものであったのか、さらには戦後の動向など、その武将たちの動きと心の裡(うら)を読み解く。


 

生駒一正 いこま・かずまさ
所領/讃岐17万石、動員兵力/1,800人(推定)
合戦での動向/東軍主力を補佐する予備隊として活躍
戦後の処遇/1万5千石の加増

 伝令によって知らされた東軍は、1番隊が先鋒・福島正則(ふくしままさのり)のほかに加藤義明(かとうよしあき)、筒井定次(つついさだつぐ)、田中吉政(たなかよしまさ)らで、これが天満山の西軍・宇喜多秀家(うきたひでいえ)に相対し、藤堂高虎(とうどうたかとら)、京極高知(きょうごくたかとも)は中仙道からやや外れて松尾山の西軍・小早川秀秋(こばやかわひであき)に対したという。我ら生駒軍は4番隊に池田輝政(いけだてるまさ)、山内一豊(やまのうちかずとよ)、有馬豊氏(ありまとようじ)などとともに西軍の南宮山の抑えとして陣取るように命じられたのだが。やれやれ、これでは腕の振るいようもない。勝利のあかつきにも、すべてが我らの前面に陣取る東軍武将たちの手柄になろうな。我らのすぐ後ろ、桃配山(ももくばりやま)には内府公(家康)の本陣がある。我らの働きは、手に取るように内府公には丸見えであろうな。

 

 「やっ!あの銃声は」と思った途端に東軍の最前線から鬨の声が上がった。「始まったか!」という我の声は、配下の1830の将兵のどこまで聞こえただろうか。わが武者震いを、将兵たちはどう見たか。まさか、臆しているようには見えまい。

 

 思えば、この合戦。我は父・親正(ちかまさ)に代わって内府公の上杉征伐に従軍した。それから治部少輔(三成)が旗揚げをしたことを知り、他の豊臣恩顧の武将らとともに反転西上したのが8月半ば。岐阜城攻撃にも参戦したが、これも恐らくは武功に数えられているに違いない。ここまでうまくやってきたのだから、この関ヶ原でもうまく立ち回らねば……。大坂にいる父・親正を窮地から救うためにも、ここでひと踏ん張りじゃ。

 

 それにしても宇喜多勢は凄い。強い、強い。あの福島正則が自ら手槍を取らねばならぬほどに苦戦するとは。我らも、ここは心して掛からねばまずいことになるぞ。我の本心は、1兵も損なわずに無傷で手柄に与りたい、というものだからな。

 

 おっ。加藤3千・筒井2千850の軍勢が一丸になって宇喜多勢の横っ腹に突っ込んでいくぞ。よし、我らも遅れてはならじ。者ども、内府公が見ているぞ。福島勢が壊滅寸前だからこその指示であろう。我らへの伝令はやや遅れたものの、絶叫に近い声で宇喜多勢の先鋒・明石全登(あかしてるずみ)の部隊を襲えとの命令じゃ。いいか、明石は強いぞ。宇喜多勢の中心勢力だからな。福島勢を追撃する勢いは強いが、追撃のために全軍が横に伸びきっている。あの横合いを狙うのじゃ。

 

 よし。明石勢が追撃を止めて撤退の態勢に入った。攻撃は成功であったな。背後の内府公も我らの働きを見ていてくれたろうな。

 

 「何と!今度は相手を変えて、治部少輔の先鋒・島左近(しまさこん)を狙えというのか」。我は耳を疑った。島左近といえば、恐らくここいる全ての将兵の中でも最強の男。それが指揮する軍勢に太刀打ちできる将兵など、東軍にはいない。出来れば、絶対に戦いたくない男だ。だが……。黒田長政(くろだながまさ)の大軍が、ひと握りの島隊に大苦戦じゃ。さて、どう攻めるか。おや、命知らずの加藤義明・田中吉政らの軍勢が突っ掛かったものの、やられている。仕方ない。田中勢が撤退するのに合わせて我らも退却するぞ。

 

              ◇

 

 大坂にいた父・親正は家康から許されて隠居。一正は、1万5千石を加増されて讃岐・高松17万3千石の大名になった。

 

 

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過去記事

江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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