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巨星・信玄の遺言と遺産

武田三代栄衰記⑨

岩村城、苗木城の遠山兄弟死去後、両属の地の乗っ取りに怒る信長

遺言し逝く信玄
野田城攻略後、一時は歩き回れるほど復調した信玄だったが、再び病が悪化し無念の帰国を決断した。その途上4月12日、「三年喪を秘す」「対外戦争禁止」の遺言を残しこの世を去る。53歳だった。『絵本信玄一代記』/国文学研究資料館蔵

 元亀3年(1572)10月、信玄が突如、徳川領に攻め込んだ。織田や上杉にとっては晴天の霹靂(へきれき)であった。信長は、将軍足利義昭(よしあき)とともに信玄と謙信の和睦交渉を進めており、合意寸前であったからだ。実は、武田が上杉を攻撃するとの噂が広まっており、信長は信玄に自重するよう要請し、承知したとの返事をもらったばかりであったのだ。

 

 そればかりか、元亀3年閏1月、信玄息女松姫と、信長の嫡男信忠との縁談が大詰めの段階に来ていた。信玄が信長と家康を攻める予兆など、どこにも見られなかったのだ。

 

 信玄が信長・家康との決戦を決意したのは、東美濃遠山一族の処遇をめぐる問題であったと推定される。

 

 元亀3年5月、岩村城主遠山景任(かげとう)と、苗木城主遠山直廉(なおかど)の兄弟が相次いで死去した。原因は、飛騨国三木氏との合戦での戦傷死といわれる。これをきっかけに、遠山一族で内紛が発生し、信長は、織田信広と河尻秀隆(ひでたか)を派遣して岩村城を接収。遠山七頭と呼ばれる遠山一族を支配下に置き、留守中の岐阜城には佐久間信盛ら2000余人を配備した。

 

 遠山一族は、当時、武田・織田両氏に「両属」(中立)したこともあり、これは信長の侵犯と受け止められた。

 

 信玄は、家康を押さえぬ信長に不信感を抱いていたから、これが断交の決定打となった。

 

 信長は、信玄の侵攻を知り「信玄の所行は前代未聞の無道さであり、侍の義理を知らぬことだ。未来永劫、信玄とは二度と手を結ぶことはない」と怒りをぶちまけた。

 

 織田信長は、畿内で反信長陣営の蜂起が続き、とても武田に全力で対処できる状況ではなかった。

 

 しかも、元亀3年10月中旬、信長の岩村制圧に反発した遠山一族が叛乱を起こし、11月、武田方に帰属を申し出た。信玄は、同14日下条信氏(しもじょうのぶうじ)を岩村城に派遣し、この確保に成功。遂に武田の勢力が岐阜を窺う情勢になった。

 

絶体絶命の信長の眼前で武田軍、活動を停止

 

 武田軍は、遠江刑部で越年すると、元亀4年1月、三河に侵攻し、野田城(城主菅沼定盈/すがぬまさだみつ、援軍松平忠正ら)を包囲した。家康は、野田を救援できず、城は2月に降伏した。

 

 三方ヶ原の敗戦と武田軍の三河侵攻は、将軍足利義昭を動揺させた。

 

 元亀4年2月、将軍足利義昭は、反織田の旗幟(きし)を鮮明にし、遂に挙兵した(「公儀御謀叛」)。信長の危機はさらに深まった。ところが、武田軍は、野田城を落とすと長篠城に入ったまま動きを停止させたのである。この頃、信玄は病に倒れ、容態が重篤だったといわれている。

 

 2月から3月にかけて、信長は絶体絶命の窮地に立たされていたにもかかわらず、武田軍は、長篠城から動こうとはしなかった。

 

 3月、信玄の病状は悪化し、武田軍は、織田信長との決戦を諦め、信濃に撤退する決断を下したようだ。

 

 信玄は、勝頼(かつより)と重臣らに、

 

①自分の死を3年間秘匿すること

②家督は孫信勝(のぶかつ)とするが、彼が成長するまでは勝頼が陣代として家中を統率すること

③信勝が16歳になったら、家督を相続させること

④勝頼は、「孫子の旗」(風林火山の旗)、「八幡大菩薩の旗」「将軍地蔵の旗」の使用は禁じる、すべて信勝に相続させる

⑤勝頼は従前通り「大」の旗のみを使用せよ、諏訪法性の兜の着用は許す、信勝家督後は彼に譲り渡せ

⑥織田信長が攻めてきたら、山岳地帯の難所で迎え撃ち、持久戦に持ち込めば、畿内の軍勢は疲弊し撤退せざるをえなくなるだろう

⑦家康は駿河の奥深くに誘い込み討ち果たせ、⑧上杉謙信とは和睦せよ、若い勝頼を痛めつけることはしないだろう

⑨信玄の葬儀は無用である、甲冑(かっちゅう)を着せて、諏訪湖に沈めてくれればよい

 

 などを言い残した。

 

 信玄は元亀4年4月12日、信濃国駒場(根羽とも)で死去した。享年53であった。

 

監修・文/平山優

『歴史人』12月号「武田三代」より)

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