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なぜ信虎の国外追放を武田家の家臣と領民は支持したのか?

武田三代栄衰記③

信虎の信濃侵略と家臣団のクーデター

駿河に追放される信虎
追放される信虎。馬上の人物(画像中央)の紋付に武田菱が見える。従う者は数名。あくまでも「絵本」であるため史実とは言い難いが、記録には今川義元に会うために駿河に赴いたところを、信玄が国境を封鎖し強制隠居させたとある。『絵本信玄一代記』国文学研究資料館蔵

 信虎は天文9年(1540)5月に、信濃佐久郡に侵攻した。1日に36城を攻略し、佐久郡を経略した。これは信虎にとって対外侵略の開始であった。ようやくに国外への進出を果たすようになった。

 

 進軍は諏訪家とともに行われたとみられ、さらに諏訪家との同盟を強固にするため、11月に12歳の三女禰々(ねね)を諏訪家当主の頼重(よりしげ/頼隆の子)に嫁がせた。12月にはその頼重が甲府に婿入りし、次いで今度は信虎が諏訪を訪れた。同10年5月13日に、信虎はさらに小県(ちいさがた)郡の経略を図り、諏訪頼重とともに侵攻した。埴科郡の村上義清(よしきよ)も連合して、3軍で海野(うんの)家領を相次いで攻略し、海野棟綱(むねつな)を関東に追った。

 

 こうして信虎は、諏訪家との同盟をもとに信濃に進出し、佐久郡・小県郡の経略を遂げた。信虎は甲斐国外にも領国を展開するようになった。しかし結果として、信虎の戦国大名としての政治行動は、この小県郡経略が最後になった。その直後の6月14日、娘婿の今川義元を訪問するために駿河に向けて甲府を出立(しゅったつ)したところ、嫡男晴信のクーデターによってそのまま国外に追放された。信虎はまだ44歳、晴信は21歳であった。

 

 事件後に国内では問題が生じていないので、家臣・領民はほとんど晴信の行為を支持したとみなされ、晴信のクーデターによって甲斐は安全を確保した、とまで評された。事件の背景には江戸時代以来、父子不和があったといわれてきたが、当時の史料でその状況は確認できない。また信虎の政治は「悪逆非道」なものであったとされてきたが、その内容は典型的な暴君にみられた逸話にすぎず、これも事実とは考えられない。

 

費用対効果が低かった武田信虎の戦争

 

 ちょうどこの年の春は「百年の内にも御座無く候」といわれるほどの大飢饉になっていた。人々は千死に一生という状態にあった。前年の天文9年に大雨・大風によって大きな被害がでていた。この天文10年の大飢饉は、直接にはこれら災害の結果によるだろうが、うち続いていた対外出陣による影響も大きかった。郡内小山田家の家臣たちは、出陣が頻繁であったため困窮していたという。さらに遡ると、事態の根はかなり深く、それ以前もほぼ毎年のように飢饉や疫病の流行が続いていた。それほどまでに飢饉が長期化していたのである。そうしたなかで、信虎は国外出兵を繰り返していたのであった。

 

 戦争では、敵地における人・物の掠奪(りゃくだつ)による稼ぎが生まれるから、国外出兵は飢饉対策の一つとしての利点を持っていた。しかしそれは敵地での勝利を要件にしていた。ところが信虎が勝利し始めたのは、最後の信濃出陣くらいからであった。しかも遠方への出陣になると費用も嵩み、掠奪による稼ぎでは充分ではなく、飢饉を緩和させるだけの効果はあらわれなかった。

 

 そうした飢饉の長期化が、天文10年春に百年にもなかったと評される大飢饉を生じさせたのであろう。それに対して、信虎は有効な対策を採らなかったと人々から判断されたらしい。人々の間には、大飢饉克服のための「世直し」の実現を強く求めるようになっていたに違いない。それこそがクーデターを生み出した最大の要因であった。

 

 駿河に退隠(たいいん)した信虎は、今川家の保護をうけた。今川家から所領などを与えられ、一家を構え、また弘治3年(1557)から永禄3年(1560)、同6年から数度にわたって京都に滞在した。幕府に出仕し、甲斐国主として外様大名衆として処遇された。江戸時代の所伝では、今川家崩壊の工作をすすめたとされるが、それを示す史料はみられていない。

 

 そして天正元年(1573)4月に信玄(晴信)が死去したことをうけて、甲斐への帰国を図り、同2年3月に信濃高遠(たかとお/長野県高遠町)に迎えられた。しかし甲斐への帰国は果たせず、3月5日に同地で死去した。77歳であった。国外追放されてから33年が経っていた。

 

監修・文/黒田基樹

『歴史人』12月号「武田三代」より)

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