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「伊能忠敬は地図を作ったのか?」の真実に迫る映画『大河への道』

歴史を楽しむ「映画の時間」第29回 


55歳で地図を作り始め、73歳で没するまで全国を歩いた伊能忠敬を題材に描いた映画『大河への道』。忠敬を大河ドラマの主人公にしようと、出身地・千葉県香取市でプロジェクトが立ち上がるが、「忠敬が実際には地図完成前に亡くなっているため、大河ドラマにはできない」という意見が出てしまう。江戸と現代の両方を舞台に、伊能忠敬の地図製作の真実に迫ります。


伊能忠敬は地図完成の3年前に死んでいた!?

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

 『大河への道』は立川志の輔(たてかわ・しのすけ)の新作落語を、中西健二(なかにし・けんじ)監督が中井貴一(なかい・きいち)主演で映画化したもの。

 

 千葉県香取市で郷土の偉人・伊能忠敬(いのう・ただたか)を主人公にした大河ドラマを実現させるプロジェクトが立ち上がる。その担当になった主任の「池本」は、江戸時代に初の日本地図を作った伊能忠敬が、地図が完成する3年前に死亡していた事実を知る。

 

忠敬の死を幕府に隠す弟子たち VS 不信を抱く幕府役人

 

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

  ここから物語は江戸時代に移り、忠敬の死後、彼の弟子たちは師匠の死を幕府に隠して、地図を完成させることを決意。伊能が存命していることに不信を抱いた幕府の人間を欺いて、彼らが地図の完成に向けて力を合わせていく姿が描かれる。

 

 コメディをベースにして、初の日本地図を作る過程を描く歴史劇、伊能の死を隠すサスペンスと、様々な要素が詰め込まれた娯楽作だ。

 

現代と江戸時代が交錯し忠敬の偉業と足跡が映し出される

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

 

 伊能忠敬本人を登場させず、彼の弟子たちや、現代の池本や大河ドラマ用の脚本執筆を頼まれたベテラン脚本家の言葉を通して、彼の偉業と足跡を映し出しているのが、作品の特徴。また原作の落語にはない映画独自の味付けとして、現代部分と江戸時代部分を同じ俳優が演じているのも面白い。

 

 それぞれのキャラクターがどこか似通った雰囲気を漂わせている。例えば池本と彼を面倒な状況に巻き込んでいく部下の木下(松山ケンイチ)は、江戸時代では伊能の弟子たちで形成された地図製作チームを取り仕切る、髙橋景保(たかはし・かげやす)と配下の又吉(またきち)として登場。木下と又吉に扮した松山が、中井との掛け合いでコミカルな演技を披露し、コメディ・リリーフとして絶妙の存在感を見せている。

 

豪華なキャスト陣も作品の魅力の一つ

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

 他にも池本の上司と江戸時代で伊能の元妻エイを演じる北川景子(きたがわ・けいこ)や、伊能の弟子たちに扮した岸井ゆきの、和田正人(わだ・まさと)、田中未央(たなか・みおう)、溝口琢矢(みぞぐち・たくや)、平田満(ひらた・みつる)。さらには草刈正雄(くさかり・まさお)、橋爪功(はしづめ・いさお)など、豪華なキャスト陣も作品の魅力になっている。

 

後に航空写真と照合しても正確だった忠敬の地図

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

 伊能忠敬は商家に婿入りして才能を発揮し、家業を大きくした後、49歳で隠居。55歳から地図作りを始めて日本全国を歩いて測量し、73歳で没するまで作業を続けた。

 

 彼が作った地図は後の航空写真と照らし合わせてみると、北海道の位置が少しずれている他は、ほとんど実際の形と一致するほど正確なものだった。

 

人の一歩の幅を基本とする測量法と手書きで地図を描く製作法

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

 映画では人の一歩の歩幅を基本として、その歩数によって距離を測定していく測量法や、地図を手書きで描いていく緻密な製作法などが、実にリアルに再現されている。伊能本人が出ていないとはいえ、こんな地道な作業を、離島まで含めて20年以上おこなった彼の凄さは、映画からも十分に伝わってくる。

 

 立川志の輔に話を聞く機会を得たが、彼は現在の香取市にある『伊能忠敬記念館』を偶然訪れ、その偉業を自分が知らなかったことにショックを受けて、落語化を思い立ったとか。伊能忠敬をリスペクトする心は、伊能の弟子や郷土愛溢れる池本に乗り移り、市井の人から偉人の伊能をイメージさせていく、その語り口が斬新な落語になっている。

 

立川志の輔の落語から映画化を思い立った俳優・中井貴一

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

 この落語の映画化を思い立ったのは、主演を務めた中井貴一本人。彼は近年衰退してきた時代劇を、今までにない形で観客に提供できないかと考えていて、この落語にそのヒントがあると感じた。

 

 通常現代と過去が登場する時代劇は、ほとんどがタイムスリップもの。しかしこれなら、現代と江戸時代が一つの物語に共存しながら、正調の時代劇を描くことができると彼は思ったのだ。

 

笑って、泣けて、ためになる、異色の時代劇

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ

 企画者でもある中井は脚本開発から積極的に参加し、4年の歳月をかけてこの映画を実現させた。とはいえ肩に力の入った作品ではなく、基本はコメディなので気楽に楽しんでいただきたい。例えば幕府側の手先として伊能の死を突き止めようとする西村まさ彦(にしむら・まさひこ)演じる神田三郎を、北川景子がニセの祈祷師に扮して騙す場面などは、北川の振り切った演技がかなり笑える。

 

 笑って泣けてためになる、異色の時代劇として多くの人に観てほしい1編だ。

 

 

【映画情報】

520日(金)より全国ロードショー

『大河への道』

 

監督/中西健二 原作 立川志の輔

出演/中井貴一、松山ケンイチ、北川景子、岸井ゆきの、和田正人、田中美央、溝口琢矢、立川志の輔、西村まさ彦、平田満、草刈正雄、橋爪功

時間/112分 製作年/2022年 製作国/日本

 

公式サイト

https://movies.shochiku.co.jp/taiga/

 

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金澤 誠かなざわ まこと

1961年生まれ。映画ライター。『キネマ旬報』などに執筆。これまで取材した映画人は、黒澤明や高倉健など8000人を超える。主な著書に『誰かが行かねば、道はできない』(木村大作と共著)、『映画道楽』、『新・映画道楽~ちょい町エレジー』(鈴木敏夫と共著)などがある。現在『キネマ旬報』誌上で、録音技師・紅谷愃一の映画人生をたどる『神の耳を持つ男』を連載中。

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