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油小路で惨殺された北辰一刀流の達人 “伊東甲子太郎”

新選組隊士列伝 『誠』に殉じた男たち 第12回


武断派が主流をしめる新選組で、文武両道のクレバーな幹部であった伊東甲子太郎(いとうかしたろう)。方向性の違いから近藤・土方を袂を分ち「高台寺党」を立ち上げるが、そこで待っていたのは凄惨な暗殺劇だった。


 

伊東の暗殺の後、高台寺党の生き残り隊士の多くは薩長などの庇護を受ける。多くは戊辰戦争にも従軍。流山で捕縛された近藤勇(変名・大久保大和)を看破した加納鷲雄も高台寺党生き残りのひとり。

 

 伊東甲子太郎は、天保6年(1835)に常陸国志築藩(しづくはん)の下級武士の子に生まれた。本名を鈴木大蔵という。若い頃から漢学に親しみ、剣の道は神道無念流を学び、さらに北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう)を修めた。いわば伊東は、文武両道の武士でもあった。

 

 新選組への入隊は元治元年(1864)の11月だった。そのきっかけは、同じ北辰一刀流の剣士であった藤堂平助(とうどうへいすけ)が、江戸・深川にあった伊東の道場を訪れて新選組に誘ったことにあった。伊東は、元来が「水戸天狗党」に入ろうとしたほどの熱心な尊王攘夷論者であった。伊東という名字は、伊東道場を引き継ぐ時に名乗り、甲子太郎という名前は新選組入隊の年の干支「甲子」から命名した。伊東が入隊したのは、新選組の思想も「尊王攘夷」だから、という理由であった。伊東は、弟の鈴木三樹三郎・篠原泰之進・加納道之助・服部武雄など7人の仲間と一緒に新選組に入った。

 

 伊東の入隊には、近藤も諸手を上げて喜んだ。隊士が増えるとともに、伊東は剣の名手であり、しかも新選組にはあまりいない「インテリ」であったからだ。こうした文武両道の人物が入ることで、新選組のステイタスも上がる、と近藤は考えたのだった。しかし、伊東の入隊に疑問符を着けたのが土方だった。土方歳三には「あいつは危ない」というサインが見えていた。

 

 だが、今度は入隊後間もない時期の伊東を、他の中途入隊の隊士とは異なる待遇に処して「参謀」という肩書きを与えている。参謀は、局長の近藤、副長の土方に次ぐナンバー3という立場である。また、伊東の弟である鈴木三樹三郎は9番隊長に、幹部として篠原・加納・服部らも起用されている。近藤が、伊東たちに多くの期待を寄せていた表れだった。 慶応3年(1867)3月、伊東は「このままの新選組では、尊王攘夷不可能」として、幕府の下から抜け出る組織にしようと、近藤・土方を説得した。だが、近藤・土方の志は揺るぎもない。「我らは、徳川家のために尽くす」として、伊東の説得を蹴った。

 

 伊東は「尊王を目的とした働きをしたい、これは新選組の別働隊だ」として新選組を抜けて、新しい組織「高台寺党」として「御陵衛士(ごりょうえじ)」の仕事を行う、と宣言した。土方は「脱局を許さず」「破れば切腹」という隊規をたてに伊東一派の動きを封じようとした。それでも伊東一派は新選組を抜けた。その際に伊東には、新選組から14人が加わった。その中に、壬生浪士組からの仲間・藤堂平助もいた。また斎藤一(さいとうはじめ)もいたが、斎藤は近藤・土方からの密命を帯びたスパイであった。

 

 やがて斎藤は、伊東ら高台寺党が近藤らの暗殺を謀っていることを伝えてきた。近藤は、機先を制そうと、伊東を誘う。以前から伊東が要望していた長州諜報活動の費用を出す、という甘言によって1人で来た伊東の帰り道を油小路で新選組の隊士10数人に待ち伏せされた伊東は、ここで惨殺される。とはいえ、北辰一刀流の遣い手である。重傷を負いながらも戦い、数人を斬り伏せたものの、多勢に無勢とあって、遂に息絶えた。享年32。

 

 残る高台寺党の一掃を計るため、伊東の遺骸を晒した土方らは、永倉新八(ながくらしんぱち)・原田左之助(はらださのすけ)ら30数人の隊士で待ち受け、遺骸を引き取りに来た伊東の仲間を囲んだ。激しい乱闘になり、服部・藤堂・毛内は斬り死にし、篠原・富山は負傷、鈴木・加納は逃亡した。これによって高台寺党は壊滅した。

 

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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