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アッツの英霊による天の助けか!? 一兵も失うことなく撤退作戦は幕を下ろす

太平洋戦争の奇跡! キスカ島撤退作戦  最終回


天候の急転により中止された第一次撤退作戦に続き、キスカ島への第二次撤収作戦が開始された。だが、暗号解読によりキスカ島への日本軍接近を知る米軍は、戦艦をふくむ強力な艦隊を迎撃に派遣していた。


昭和19年(1944)1月3日、年頭の遥拝式が行われる元始祭で、第五艦隊の幹部が占守島に集まった際に小野打氏が撮影した集合写真。前列の右から3番目が木村昌福少将である。

 アッツ島には増援や救援はおろか、補給さえ送ることができなかった海軍は、陸軍に対して引け目を感じていた。そのためキスカ島撤退作戦は、何としても成功させようと考えたのだ。それで第二次撤退作戦は7月22日午後8時10分に幌筵(ぱらむしる/ほろむしろ)を再出撃、キスカ島への突入予定は26日と早々に決まる。第一次作戦と違うのは、陸軍の7センチ高射砲を軽巡の「阿武隈」と「木曾」の後部甲板に設置。操作する陸軍兵がそれぞれに10人ずつ乗艦したのと、第五艦隊司令長官河瀬四郎中将が坐乗(ざじょう)した軽巡「多摩」が同行している点であった。

 

 出撃の翌23日は、視界が1km以下の濃霧となった。そのため給油艦「日本丸」と海防艦「国後(くなしり)」が隊列からはぐれてしまう。24日の午後3時になっても両艦と合流できなかったため、木村昌福(きむらまさとみ)少将は危険を承知のうえ陸軍高射砲の試射を命じた。両艦を音のする方向へ誘導しようと考えたのだ。40分後に「日本丸」は無事に合流。だが「国後」は依然行方不明だった。それでも「日本丸」が合流したことで、25日は順次燃料補給ができた。

 

 そして突入予定日の26日も濃霧であった。午後5時44分、「右70度、黒いもの」と「阿武隈」艦橋の見張員が叫んだ。すると間髪入れず「戦闘!」と、木村が命令した。だがその声が全員に届かぬうちに、右舷後方で衝撃が起こる。次の瞬間には「阿武隈」艦長の渋谷紫郎(しぶやしろう)大佐が「防水!」と叫んでいた。

 

 衝突してきた艦船の正体は、行方不明となっていた「国後」であった。幸い人的被害はなく、両艦とも航行に支障はない。事故後、先任参謀の有近六次中佐が木村にわびると、木村は「不可抗力だ。この調子なら霧は申し分がない。がんばってくれ」と、周囲に聞こえるように声を張った。ただしこの事故により、キスカ突入が29日に延期された。

 

大発動艇は1920年代中期から1930年代初期にかけて開発された、日本陸軍の上陸用舟艇。大発という通称で呼ばれた。写真はアッツ島の戦いで鹵獲(ろかく)した大発を使用するアメリカ軍。

 

 第二次作戦が開始された時から、米軍は日本軍の無線を傍受し、暗号の解析を終えていた。その結果「第五艦隊は千島を出撃し、7月25日(日本時間26日)か26日(同27日)にキスカへの増援を試みる」と判断。日本軍の動きを掴みつつ、キスカ近くに来るまで泳がせておく作戦を採用した。24日には潜水艦を艦隊に近づけ、確証を得ていたほどだ。

 

 北太平洋方面軍司令官キンケイド海軍少将は、第五艦隊殲滅(せんめつ)のためギッフェン少将指揮下の戦艦「ミシシッピ」「ニューメキシコ」、重巡4隻、軽巡1隻、駆逐艦7隻を派遣。キスカ島南西海域で待ち伏せていた。

 

「阿武隈」と「国後」が衝突した26日の夜、キスカ島守備隊から不可思議な電信が送られてきた。それは「20時5分頃より40分間ほど、殷々(いんいん)たる砲声断続す。交戦のありたるものとみとむ」というものであった。同じ頃、山中の陸軍部隊も海上に曳光(えいこう)と轟音を認めている。

 

 これは第五艦隊を待ち伏せしていた「ミシシッピ」のレーダーに、敵艦らしき影が映し出された。他の艦船のレーダーにも映ったため、暗号解析に自信を持っていたギッフェンは、即座に総攻撃を仕掛けたのだ。しかし実際にレーダーが捉えたのは、アムチトカ島などの島々が作り出した反響映像であった。

 

 激しい砲撃後、レーダーから目標が消えたので、ギッフェンは敵艦隊全滅を確信。意気揚々と燃料補給地点へ引き揚げた。米艦隊が補給地点に集合する予定時刻は29日午前4時。新たに設定された、キスカ突入予定日であった。この瞬間、キスカへの道が開かれたのだ。

 

 「ユ・ユ・ユ」。

 

 29日午前9時、小野打数重(おのうちかずしげ)のレシーバーには、日本海軍特有の電波音色で「ユ」の三連送が、はっきりと入ってきた。これは救出艦隊の入港予定時刻を「4時間繰り上げる」と伝えているのだ。

 

 艦隊は確かにキスカ島の近くにまで来ている! それは送られてきた電信の、感度の良さから確信できた。小野打は自信を持って受信紙に書き込んだ。

 

「ユ・ユ・ユ・一八・七・二九・〇九〇〇」

 

 小野打の受信紙を見た当直下士官が、大声をあげた。「通信士、ユ受信」。そして誰かが受信紙をひったくり、電信室を出て行った瞬間、「ワァ〜」という歓声が上がった。続いて「万歳」と叫び、外へ駆け出す者もいた。

 

「当直員以外撤去準備にかかれ。完了次第海岸で待機」と、通信長の命令が出された。予定時刻は午後5時だったので、午後1時には艦隊が入港してくる。隊員は決められていた手順通り、暗号書や機密文書を仕分け、電信室の爆破準備を進めた。

 

 その時、小野打の隣りで米空軍の電信を傍受していた兵長が、受信紙に書き始めた。賑やかだった部屋が急に静かになる。暗号解析を始めた予備士官のメモを覗き込んだ兵曹が「もう飛行機は飛ばないぞ!」と叫んだ。それは濃霧のためアムチトカ空軍基地の哨戒機が、飛行中止を知らせる電信であったのだ。

 

 キスカ突入艦隊は、小キスカ島を敵艦と勘違いし、魚雷を撃ち込むというハプニングを起こすも、29日午後1時40分に無事キスカ湾に到達した。すぐさま第一陣の陸軍将兵を乗せた大発が岸を離れ、所定の鑑の舷側についた。舷側には梯子代わりにネットが張られ、一度に多くの人が登れるようになっていた。

 

 兵たちはネットに取り付く前に、携行してきた三八式歩兵銃や帯剣を海中に投棄している。少しでも身軽にし、一人でも多く乗艦させるために木村が譲らなかった措置だ。例外は戦友の遺骨や遺品の持ち込みであった。

 

 最後の命綱になる移動電信機を預かる小野打ら電信兵は、海軍第51根拠地隊司令官の秋山勝三少将らとともに、最後の大発に乗り込んだ。大発が「阿武隈」の舷側につくと、小野打は背負ってきた移動電信機を、二人がかりで海中に沈めた。そして甲板に上がる。

 

 小野打が振り返ると、秋山が甲板に上がってきて、出迎えに出ていた木村と固い握手を交わしているのが見えた。「二人とも目が潤んでいた」と、小野打は記憶している。キスカ島守備隊5200名が、わずか55分で一人残らず乗艦を完了した瞬間であった。

 

 8月15日、日の出とともに3万4426名のアメリカ・カナダ軍がキスカ島に上陸を開始した。濃霧の中を手探りで進軍。「日本軍は健在」という先入観から、各地で激しい同士討ちが起こり、死者25名、負傷者31名を出してしまう。日本の軍医が偽装工作として、兵舎に「ペスト患者収容所」という看板を掲げていたため、慌ててワクチンを取り寄せる、という混乱劇も演じている。

 

 結局、米軍のキスカ島上陸作戦の戦果は、日本軍が残してきた犬3頭を捕虜にしただけ、と記録された。そしてこの見事な撤退作戦は、敵国アメリカから「パーフェクト・ゲーム」と賞賛されたのである。

 

 お話を伺った小野打氏はその後、占守島(しゅむしゅとう)の通信隊に配属された。この島は日本の降伏後、ソ連軍に攻め込まれ多くの将兵が犠牲となった島だ。だが昭和19年(1944)5月1日付で二等下士官に任用された小野打氏は、同月中旬に下士官教育を兼ね、通信学校高等科練習生として横須賀に移った。10月に卒業した後は舞鶴通信隊付となり、終戦を迎えている。

 

2016年のインタビュー当時の小野打氏。95歳とは思えないほど、記憶は鮮明であった。(撮影:金盛正樹)

 

※文中の敬称略。

小野打数重氏ご本人への取材と、氏から提供して頂いた数多くの資料、著作を元に構成させて頂きました。文中の日付は小野打氏の記憶を元にしているため、記録されているものと差異がある場合もあります。

 

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野田 伊豆守のだ いずのかみ

 

1960年生まれ、東京都出身。日本大学藝術学部卒業後、出版社勤務を経てフリーライター・フリー編集者に。歴史、旅行、鉄道、アウトドアなどの分野を中心に雑誌、書籍で活躍。主な著書に、『語り継ぎたい戦争の真実 太平洋戦争のすべて』(サンエイ新書)、『旧街道を歩く』(交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)など多数。

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