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古代以前から個性豊かな歴史を歩んできた村落の歴史を紹介する大阪歴史博物館特別企画展 「大阪町めぐり 喜連(きれ)」

古代や中世以来の由緒を伝える

大阪歴史博物館特別企画展 「大阪町めぐり 喜連(きれ)」開催

 

 令和4126日(水)から321日(月・祝)まで、大阪歴史博物館6階特別展示室にて、特別企画展「大阪町めぐり 喜連」が開催される。

 

 現在、大阪市平野区に所在する「喜連」は、近世には大坂三郷周辺に位置する独立した村落で、古代以前から個性豊かな歴史を歩んできた地域である。大阪歴史博物館ではこれまで、大阪市内のさまざまな地域を紹介する展示企画「大阪町めぐり」シリーズを開催してきた。本展は、その一環として、地元住民を中心に活動している「喜連村史の会」との共催により、この地域の歴史を紹介する。

 

喜連村大絵図文化13年(1816)個人蔵/近世の喜連村全体を描いた、東西約5m、南北約1.8mの巨大な村絵図。文化13年に東喜連村・西喜連村から領主の古河(こが)藩(現在の茨城県古河市)に提出するために作成されたもので、田畑や屋敷地のほか、道路や用水路・溜池、堤、橋、塚などが色分け表示されている。田畑の等級や所有者等が詳細に記されているが、幕府領であった中喜連村の田畑の部分は、別の色で区別され文字も記されていない。喜連三か村の土地が入組んだ支配関係にあったことを視覚的に示す資料である。また、この図には、村内の詳細な地名が記されている。その情報をもとに、地域研究が大きく進むことになった重要な資料。

 

 「喜連」の名は、「万葉集」にあらわれる「伎人(くれひと)郷」に由来すると言われ、古代以前から渡来人などが行き交う要地であった。中世にはしばしば戦乱の舞台となり、防御のための環濠が設けられたと伝えられている。近世になると、一つだった村は東喜連・中喜連・西喜連の三か村に分かれ、のちに幕府領と藩領という異なる支配のもとに置かれることとなる。複雑な支配関係のもとで、村の人々は、18世紀初めの大和川付け替えを契機とする用水問題など、共通するさまざまな課題に対処していた。

 

喜連西遺跡の方形周溝墓出土資料弥生時代終末期~古墳時代初頭 大阪市教育委員会蔵 (一財)大阪市文化財協会保管/2016年度に喜連西遺跡で行われた発掘調査で、弥生時代終末期から古墳時代初頭の方形周溝墓が見つかっている。墓の規模は墳丘の上端で南北約13m、東西約9mで、この時期の方形周溝墓としては大型であり、地域の有力者の墓と考えられる。周囲の溝からは、葬送のまつりに用いられた土器が多数出土した。埋葬施設は2基見つかっており、そのうち一方からは、被葬者が身に着けていたと推定される管玉が出土している。

 

 また、喜連地域には数多くの寺社が存在する。それらの多くは、古代や中世以来の由緒を伝えており、地域の歴史を考える上での大きな手掛かりとなる。

 

 本展では、周辺での発掘成果や地域に伝えられた文化財等を通じて、特徴ある地域の歴史に迫る。

 

絹本著色紅頗梨阿弥陀如来画像鎌倉時代末~室町時代初期(14世紀) 法明寺蔵 大阪市指定文化財/紅頗梨阿弥陀とは、八葉の蓮華に五鈷杵を置き、独鈷杵を垂直に立てた(本作品では五鈷杵)上に、全身を紅で彩色されて宝冠を戴いた阿弥陀如来を表した像で、真言密教の紅頗梨秘法の本尊とされるもの。本作品の制作年代は、14世紀に遡ると考えられている。この作品が伝わった喜連の法明寺は、貞和3年(1347)、融通念仏中興の祖である法明上人の創建と伝えられ、江戸時代には融通念仏宗の中本山であった。この作品が伝えられたことは、融通念仏の信仰が広がり始めた時期に、密教的な要素の影響があったことをうかがわせる。【展示期間:1月26日~2月21日】

 

 さらに、最近では、新たに判明してきた細かな地名の考証によって、地域の歴史の解明が進められている。そうした地域研究の取り組みと成果についても紹介している。

 

喜連村年貢割付状寛永2年(1625) 個人蔵/喜連村に伝わる、もっとも古い年代の年貢の割り付け状。喜連村は、寛永元年(1624)まで豊臣秀吉の正室である高台院領だったが、その死後に徳川幕府領となった。この資料は、幕府領になって最初のものと考えられている。喜連村は、元和6年(1620)に東・中・西の三か村に分かれたと言われているが、この資料の宛先は「喜連村」と記されており、一括して年貢が割り当てられている。少なくとも年貢徴収の上では、寛永年間の初年まで一体の村として扱われていたことが確認できる。

 

【開催概要】

主 催 大阪歴史博物館、喜連村史の会
開催期間  令和4126日(水)~ 321日(月・祝)
     火曜日休館
開館時間 午前9時30分~午後5時 (閉館の30分前まで)
会 場
  大阪歴史博物館 6階 特別展示室
  〒540-0008 大阪市中央区大手前4-1-32
価 格
  大人600円(540円)、高校生・大学生400円(360円)
  ※( )内は20名以上の団体割引料金。
  ※中学生以下、大阪市内在住の65歳以上の方(要証明証提示)、
   障がい者手帳等をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料。
公式サイト
 http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2021/machimeguri_kire.html

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