×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画
通販

終戦記念日に学ぶ「日本人の精神を骨抜きにしたGHQの占領政策」

GHQの日本占領政策を学び直す


日本は今年77回目の終戦記念日を迎える。昭和20年(1945)に敗戦した日本は、アメリカを中心とする連合国軍が構成するGHQによって占領・管理された。その最高司令官であり、実務を牽引したダグラス・マッカーサーが日本にもたらした功罪を検証してみたい。(歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.6「GHQはどのように日本を占領したのか?」 より)


マッカーサーが行った歴史、思想、教育改革の真の狙いとは?

絶大な権限をもち、日本を実質支配したGHQの総司令官ダグラス・マッカーサー

1945年(昭和20年)から1952年(昭和27年)まで、敗戦後の日本は全国に展開した約50万人の実戦部隊を含む連合国軍GHQに支配された。その功罪について、竹田恒泰氏は言う。

 

「GHQは戦前の軍国主義を破壊することを目的に、様々な〝改革〟を命じました。確かに女性を解放して参政権を付与するなど、大きな功績もありましたが、彼らの犯した最大の罪は、わが国の美しい精神を貶め、骨抜きにしたことです」

 

 GHQとはGeneral Headquarters「総司令部」の略称で、アメリカ合衆国陸軍を中心に、イギリスやソ連、オーストラリア、中国など11カ国(後13カ国)の連合国軍を統括した組織だ。〝無条件でポツダム宣言の降伏条件(全日本軍の無条件降伏)を受諾した日本〟(竹田先生)に進駐したGHQスタッフは、竹前栄治著『GHQ』(岩波新書)によれば1948年(昭和23年)には4739人もいたという(アメリカ国務省資料)。

正式に敗戦を承認した降伏文書に調印した外相・重光葵。(国立国会図書館蔵)

 総司令官となったダグラス・マッカーサー元帥(1880~1964年)は、来日当時65歳。敬虔(けいけん)なキリスト教徒で、反共主義の職業軍人だった。

 

 GHQは、元帥の指揮で、軍国主義・超国家主義の日本を〝民主化〟〝自由化〟しようとした。
「でも、ポツダム宣言に《民主主義的傾向の復活強化》(外務省編『日本外交年表並主要文書』)とあるように、もともと日本には民主主義があったのです」

 

 GHQは、連合国極東委員会(FEC)とアメリカ政府の指揮下にあった。だがマッカーサー元帥は、アメリカ太平洋陸軍USAFPACの総司令官と、民政を司った連合国最高司令官SCAP(the Supreme Commander for the Allied Powers)の両方を兼ねた。天皇や日本政府を凌ぐ〝碧い眼の大君〟として絶大な権限をもち、日本を実質支配したのだ。

 

 GHQの占領支配は大日本帝国政府の官僚機構、内務省を介した間接統治だった。GHQ命令は、指示(instruction)、示唆(suggestion)、指令(direction)、命令(order)と段階的に強制力を帯びた。日本政府と官僚は「鬼畜米英」だったGHQの〝意向〟を汲み、占領政策の実施に協力した。

 

 日本国憲法の成立過程は、そのような〝自主〟のあからさまな例である。

 

 大日本帝国軍隊の解体、秘密警察の廃止、労働運動の育成、財閥解体、農地解放、国家神道禁止、軍国主義者らの公職追放、戦争犯罪人を裁いた極東国際軍事裁判、戦争放棄・平和主義・主権在民の憲法改正……竹前栄治著『GHQ』(岩波ブックレット)によると、GHQの発した指令は約2200、事務的指示は約7500にのぼるという。

1945年(昭和20年)の9月2日に、東京湾(写真)に停泊したミズーリ艦上で降伏文書の調印式は行われた。

 

監修/竹田恒泰、文・取材/白石宏一

 

[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.6
「GHQはどのように日本を占領したのか?」

“歴史の魅力を全力で伝えるエンタメマガジン”をテーマとした月刊誌『歴史人』編集部が歴史の“学び直し”をキーワードに、テーマごとに記事をまとめた電子コンテンツシリーズ第6弾。
 日米開戦80年目を迎える本年、改めて戦後のアメリカを中心とする連合国軍GHQの占領政策がいかなるものだったのかをはじめ、新日本国憲法の作成の実態や日本の行方を決める大きな分岐点となった昭和天皇とマッカーサーの会見の真実を解説。
 現代を生きる日本人の精神にも影響したGHQの政策の全過程を徹底検証。会見では何が話されたのか? 占領政策の功績と罪、日本国憲法はどのようにして作られたのか? に迫っていく。

Amazon

KEYWORDS:

過去記事

歴史人編集部れきしじんへんしゅうぶ

最新号案内

歴史人 2021年10月号

秘密のしきたり、序列、給料、床入り、事件…徹底解明

江戸時代の象徴であった「江戸城」と「大奥」とは何だったのか─ 徳川家康から15代続いた江戸幕府。その象徴は江戸城であった。そこは将軍が大名と謁見する「表」、将軍の生活の場であり、多数の役人たちが公務を行う「中奥」、将軍の正室が居住する「大奥」が存在した。今回の特集は、知られざる将軍の日常生活、諸大名との公式行事から、大奥女性の生活、さらに幻の4代目江戸城天守の実態まで、最新研究でわかった江戸城、将軍、大奥のすべてを明らかにする。