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戦争と演芸界④ ~現代を生きる噺家達による平和のための落語~

桂紗綾の歴史・寄席あつめ 第4回


『歴史人』ファンの皆様、私、大阪の朝日放送アナウンサー・桂紗綾と申します。このコラムでは、落語を中心に“伝統芸能と歴史”について綴って参ります。どうぞよろしくお願い致します(第1回コラムはこちら)。普段、アナウンサーとして働いている私ですが、もう一つの肩書が社会人落語家です。30歳を過ぎた頃からのめり込み、気付けば自分でも高座に上がるようになりました。落語は戦国時代から続く(諸説あり)話芸であり、民衆にも親しまれ、時代を反映した大衆芸能です。その他の伝統芸能(講談や浪曲・文楽・歌舞伎等)にも影響を受け、もちろん歴史とは切っても切れない関係なのです。


 

戦争の悲劇を後世に伝えるために…

 

 戦後、禁演落語は解放され自由に演じられるようになりました。では、国策落語は…もちろん誰も演らず、自然消滅。しかし、戦後70年を過ぎ、消えた国策落語を演じた人がいます。2016年、二代目林家三平師が、祖父・七代目林家正蔵師が創った国策落語『出征祝』を口演しました。大家の若旦那に召集令状が届き、出征を皆で祝います。サゲ(オチ)は丁稚(でっち)の台詞。「若旦那、縁起が良いや。出征のお祝いにお酒二合を二本買ってあるんでしょう。二本買った(日本勝った)!」戦争を賛美する国策落語を負の遺産としてあえて現代で演じることにより、戦争の愚かさを考えてもらいたいと三平師は話しています。

 

 このように逆説的アプローチもあれば、果敢にも直接戦争の悲惨さを表現した創作落語に挑戦している噺家もいます。

 

鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和公園 写真/photolibrary

 江戸で活躍する桂竹丸師は旧日本海軍の特攻基地が存在した鹿児島県鹿屋(かのや)市出身。幼い頃母から聞いた特攻隊員達の無念を語り継ぐという使命感に突き動かされ、2005年、実話を元にした『ホタルの母』を制作します。舞台は鹿屋と同様に陸軍の特攻基地があった鹿児島県知覧(ちらん)町。軍の指定食堂を営み、“特攻の母”と慕われた鳥浜トメさんと特攻隊員との交流秘話です。トメさんの人生は書籍や映画でも描かれていますが、竹丸師の真正の鹿児島弁を交えた落語は聴く人に、より深く強く伝わります。「私は皆さんのお母さんにはなれんかった。本当のお母さんだったら特攻なんか行かせはせんだった」トメさんの後悔の念は竹丸師の創作部分で、竹丸師自身の鎮魂の祈りが込められています。落語は笑わせるだけではなく、人の想いを語り継いでいくことも可能だと気付かされます。

沖縄県糸満市にあるひめゆりの塔 写真/photolibrary

 そしてもう一人、私の落語の師匠・三代目桂春蝶(しゅんちょう)師は2017年、平和を訴える落語『ニライカナイで逢いましょう~ひめゆり学徒隊秘抄録~』を創作しました。特攻隊員達が遺した言葉や元ひめゆり学徒隊に取材し得た証言を編むように創られた物語。春蝶師は90歳代の元ひめゆりにインタビューした際「今まで口にするのは辛くお話しすることはなかったけれど、私達の凄惨な経験を私がいなくなっても語り継いで欲しい」と託されます。友を失った壮絶な過去を笑いながら話すその女性に、笑顔の意味を尋ねると、彼女は「ずっと泣いてきたから、もう涙は枯れちゃった」と、再び少女のような微笑みで答えたのです。春蝶師も含め、周りで聴いていた皆が涙を流しました。

 

 自然洞窟のガマが舞台の一つ、春蝶師はそのガマに足を踏み入れた感想を「陰鬱な恐ろしい所、当時の恐怖と悲しみと不安が未だに滞留しているようだ」と述べています。そんな場所で過酷な看護を強いられたひめゆり達と空を飛ぶ特攻隊員の間に、実は、ある命の繋がりがありました。噺の終盤、主人公の看護婦長は暴風雨の如く艦砲射撃に身を晒し「私達はこんな戦争には負けない!」と叫びます。決して日本の勝敗についてではなく、この戦争を生き抜く覚悟を示した台詞なのです。終戦から50年、看護婦長は元ひめゆり達に「私達が抱える命は未来の誰かのためのものでもある」と告げます。誰もが生きる今日という一日は、志半ばに逝った全ての人々が生きたかった一日。私は師匠の高座を初見後、今の平和を大切に、日々を懸命に生きることを心に誓いました。

 

 戦時中は抑圧され利用された演芸が、現代では戦争が生んだ悲劇を後世に伝え、平和の尊さ・命の大切さを教える役割を担ってくれているのです。

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桂 紗綾()
桂 紗綾

ABCアナウンサー。2008年入社。女子アナという枠に納まりきらない言動や笑いのためならどんな事にでも挑む姿勢が幅広い年齢層の支持を得ている。演芸番組をきっかけに落語に傾倒。高座にも上がり、第十回社会人落語日本一決定戦で市長賞受賞。『朝も早よから桂紗綾です』(毎週金曜4:506:30)に出演。和歌山県みなべ町出身、ふるさと大使を務める。

 

『朝も早よから桂紗綾です』 https://www.abc1008.com/asamo/
※毎月第2金曜日は、番組内コーナー「朝も早よから歴史人」に歴史人編集長が出演中。

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