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末代まで裏切り者の汚名を着た二十四将の一人・小山田左衛門尉信茂(おやまだざえもんじょうのぶしげ)

孫子の旗 信玄を師匠とした武将列伝 第8回

「郡内領と領民を守る」領主として譲れなかった責任と使命

武田家の重臣であり、武田領東部を統治する有力国人でもあった。外交分野でも活躍し、北条、上杉など有力大名との交渉を担当した。信玄公宝物館蔵

 穴山信君(梅雪・あなやまのぶただ/ばいせつ)と並んで「武田家滅亡の際の裏切り者」と呼ばれ続けているのが、甲州郡内領(山梨県の南北都留地方)の領主・小山田信茂(おやまだのぶしげ)である。近年、地元の大月市を中心に「小山田信茂」見直しの動きも出ているが、残念なことに、まだまだ「裏切り者」の汚名は消えないでいる。

 

 それにも関わらず信茂は、武田二十四将の一人に選ばれている。その理由は、①武田の1武将ではなく関東平氏の血筋を引く郡内領の主であること ②富士山の通行税などから財源に恵まれ、御師団による諸国情報を収集する、信玄にとっては大事な武将であった ③信虎時代から武田氏と同盟を結び軍事・経済・人事の交流をしながら一体になって外敵(北条・今川氏など)に当たってきた――ことなどが挙げられる。

 

 信茂の家系は、平宗盛(たいらのむねもり)に仕えた小山田有重(ありしげ)を始祖とする。甲斐源氏とは全く関係ないが、小山田氏は武蔵国多摩郡小山田庄(東京都多摩市)に住み、その地名を姓とした。平家没落後、源頼朝の時代に有重は源氏方に帰順し、その後、頼朝から幕府の郡司として甲斐国郡内領を授かった。

 

 小山田氏は、大月の駒橋周辺に集落を作り、岩殿山(いわどのざん・標高637メートル)の山頂に城郭・岩殿城を築いた。南北朝以降、隣国の武田氏と交流し、あるいは敵対しながら婚姻施策などを通じて同盟者となり、隣国・相模の伊勢新九郎(いせしんくろう/北条早雲・ほうじょうそううん)の度重なる侵略に対抗した。

 

 信虎・信玄の時代には親類衆として遇され、信茂の父・小山田出羽守信有(おやまだでわのかみのぶあり)は信玄の重鎮として多大な軍功を立てている。

 

 信茂は、この信有の嫡男(ちゃくなん)として天文7年(1538)に誕生した。信茂の初陣は、弘治元年(1555)4月の第2回川中島合戦であったという。信茂17歳。父・信有とともに弓矢を主力とする2千の小山田勢を率いて出陣し、越後・信濃勢の首級もいくつか挙げた。

 

 この合戦で、信玄から賞された信茂は、相次ぐ合戦で多くの軍功を挙げたが、同時に学識もあり文才も豊かで、文化好みの信玄から文武両道の二面で信頼された。信玄は信茂に書状・感状の代筆をさせたり、難しい文書類の解読などを信茂に任せたりした。4名臣の一人・山県昌景(やまがたまさかげ)は「若手では小山田三郎殿、文武相整いたる人物は他にいない」と評しているほどである。

 

 戦略ばかりか外交の上でも重要な任務を帯びることが多かった。褒めすぎかもしれないが、小山田信茂こそ武田家を代表する風雅・識見ともに備わり、甲斐源氏・武田家の威厳と風格を示す大きな人物であったことは確かである。信玄によって、本来持っていた才能を引き出され、使われ、教えられ、素晴らしい武将に育っていった信茂は、信玄没後の「勝頼政権」に対しても協力的であった。

 

 天正7年(1579)3月、勝頼の妹・お菊御料人の越後・上杉景勝(うえすぎかげかつ)への輿(こし)入れに当たり、勝頼の名代として越後に出向き、祝言の進行を取り仕切り、巧みな口上を述べて絶賛されているほどである。

 

 天正10年の勝頼への裏切りは、その最期を悟って、これまでの同盟と絆よりも郡内という先祖伝来の領地と領民を選んだ結果であった。「郡内領と領民を守る」。これが信茂裏切りの根底にあった。岩殿城に向かっていた勝頼は、まさかの信茂の裏切りに落胆した。信茂は、涙ながらに勝頼主従に向けて鉄砲を撃ったはずである。

 

 勝頼は滅亡し、信茂も一族諸共に信長によって誅(ちゅう)された。結果として信茂は、自らを犠牲にして領民を守る領主としての責任と使命に殉じたといえよう。なお、信茂が信長と交わした「郡内領不犯」という裏切りの条件は、信茂の死後に家康に委ねられ遵守され、郡内領は戦禍から免れた。信茂の享年は44。以来、信茂は裏切り者の汚名を着続けている。

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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