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長篠合戦で討ち死にした真田家の惣領・真田源太左衛門信綱(さなだげんたざえもんのじょうのぶつな)

孫子の旗 信玄を師匠とした武将列伝 第4回

「負けない戦」を信条に頭脳作戦でその能力を発揮

 

長篠合戦では武田家重臣の多くが、織田・徳川連合軍への攻撃に反対。しかし武田勝頼の突撃命令にあらがえず、多数の重臣が討ち死にした。画像は織田・徳川連合軍に銃撃された真田信綱。「長篠合戦図屏風」(部分)

 

 戦国・真田氏は、信州小県郡の弱小武士団の一つであった。小県郡を支配していたのは、滋野(しげの)一族であり、真田氏はその配下に組み入れられていた。滋野一族の本家は「海野(うんの)」を名乗り、分家がそれぞれ望月(もちづき)と禰津(ねづ)を名乗った。さらに一族は、鎌原(かんばら)・羽尾(はねお)などの支流を生みながら信濃から上野にまで勢力を広げていく。この滋野一族の傍系として真田家があって、戦国時代になって誕生したのが、のちに信玄の客将となり信濃先方衆として活躍して信玄の信頼を得た真田幸隆(さなだゆきたか)であった。

 

 幸隆は、幼名を二郎三郎、元服して幸綱(ゆきつな)、後に源太左衛門幸隆と名乗った。この幸隆の嫡男(ちゃくなん)として天文6年(1537)に信州小県郡真田郷・松尾城で生まれたのが、後の源太左衛門信綱である。滋野一族に、始祖は清和源氏の皇子という言い伝えがあり、それを受け真田氏も「源氏の末裔」という誇りを持ち、代々の名前に「源太」を着けてきた。源太左衛門はその象徴で、真田の嫡男というプライドが、この名前に込められていたのだった。

 

 いずれにしても、父子二代が「武田二十四将」に挙げられているのは、この真田幸隆・信綱だけである点も、真田氏が信玄と武田家にとって、いかに大事な存在であったか分かろうというものである。

 

 源太郎信綱は戦乱の中で生まれ、殺戮や陰謀を常とする生活を膚で感じながら育った。そうした感覚が後の勇将・真田信綱に繋がっていた。信綱の初陣は15歳の折。天文21年(1552)の信州南安曇郡・小岩岳城攻略戦である。信綱は、信玄得意の「封じ込め作戦(敵の全てを城外に一歩も出させない包囲陣と水の手を断ち切る)」を目の当たりに見て衝撃を受けた。戦とは刀槍・弓矢を交えることだけではなく敵の盲点を衝くことである。味方の損害をいかに少なくして勝つか、である。信玄(晴信)の教えともいえる策が、信綱の武将としての原点になった。

 

 翌年、天文22年9月には第1回川中島合戦があり、真田父子(幸隆・信綱)も奮戦し、信玄は上杉勢を退却させた。この論功行賞で真田父子は小県郡に領地を得た。信綱が信玄から教えられたのは「勝てる」と確信が持てる戦い以外はしない・無理な合戦は控える、ということであった。信玄は、戦闘に持ち込む前に徹底して敵について調べ上げ、その弱点ばかりか、侮りがたい部分までに対しての頭脳作戦を展開した。

 

 その頭脳や口・耳の役割を担ったのが、真田父子であった。特に信綱は緻密な戦法を要する場合には、必ず信玄のそばにいた。上杉方の侵攻に備え父・幸隆が信州・上州の警備に着くことが多くなると、信綱が信州先方衆の騎馬軍団を率いて信玄の合戦に参陣した。

 

 永禄12年(1569)9月、信玄が北条氏の小田原城を攻める戦いにも信綱が出陣し、鉢形城(はちがたじょう)包囲などを行った。その帰途、三増峠(みませとうげ)の合戦は熾烈を極め、信綱の先方衆にも大きな被害が出た。改めて「負けない戦い」を考える信綱であった。

 

 元亀3年(1572)10月から始まった信玄の西上作戦には、山縣・内藤・小山田・馬場・高坂など名だたる将とともに信綱も先手を勤めた。三方ヶ原合戦では、徳川家康の本隊を目掛けて突き進み、徳川・織田連合軍敗走のきっかけを作った。この直後、信玄が信州・駒場で死亡。その1年後の天正2年(1574)5月、父・幸隆も61歳で病没した。

 

 信綱は6人兄弟の長男だった。次男・昌輝(まさてる)もまた信玄に仕えている。また三男・昌幸(まさゆき)は長篠合戦で信綱・昌輝の兄二人が討ち死にした後で、真田家を正式に継承している。四男・信尹(のぶただ)は、武田家滅亡後に家康に仕えた。

 

 長篠合戦で華々しい討ち死にを遂げた信綱は39歳、昌輝は34歳であった。

 

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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