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裏切り者の烙印を押され続ける武田親族衆筆頭・穴山玄蕃守信君(梅雪)(あなやまげんばのかみのぶただ/ばいせつ)

孫子の旗 信玄を師匠とした武将列伝 第7回

勝頼への裏切り行為は武田家存続のためだった

信玄から重用され、勝頼政権でも軍事、外交で手腕を発揮する。武田家滅亡後、織田信長より所領を安堵されるが、本能寺の変の際、京近郊で襲撃を受け横死。信玄公宝物館蔵

 

 天正10年(1582)3月、武田勝頼(かつより)が天目山(てんもくざん)で討ち死にした際に、織田・徳川連合軍に加わった穴山信君(梅雪・あなやまのぶただ/ばいせつ)は、武田家への謀反人(むほんにん)・裏切り者の烙印を押されて400数十年を経た。しかし、本当に梅雪は武田家への逆賊・謀反人だったのだろうか。

 

 穴山玄蕃守信君が「梅雪斎不白」を名乗ったのは、天正9年(1581)以降のことである。武田家滅亡の直前のことである。

 

 梅雪は、甲州屈指の金山を有する河内領(静岡県と隣り合わせる山梨県の南部地域)領主であった。信玄時代に金は採掘し尽くしたといわれるが、梅雪は不測の事態に備えて、密かに巨額の軍用金を蓄えていたともされる。この金が、信長に降伏する際の献金となった。

 


 

 梅雪は、天文10年(1541)に甲州河内領・穴山で誕生した。父は穴山信友(のぶとも)、母は信虎(のぶとら)の二女(信玄の姉・後に南松院)である。しかも穴山家は甲斐源氏の一門であり、武田家の親類衆筆頭として家名を存続してきた。梅雪は、その6代目に当たった。父・信友が没して、梅雪が21歳で家督を継いだ。この時期に、信玄の二女(勝頼の姉・後の見性院)を娶(めと)っている。なお、勝頼は天文15年(1546)生まれであり、梅雪とは5歳の年齢差がある。二人は義兄弟で従兄弟(後には主従)という関係になる。

 

 梅雪には親族衆筆頭という意識が強くあり、常に信玄を守ることこそ大事という姿勢を取った。信玄のそば近くにいる中で、軍略もさることながら、信玄が有した文化観を学び取り「文化人」としての一面を見せた。梅雪の人柄については「文藝に秀で、風雅を解し、外交に巧みで、武田の諸将・領民からの人望を集めていた」と伝えられる。

 

 梅雪には嫡男(ちゃくなん)・勝千代という一人息子があった。この勝千代は、甲斐源氏の血筋を引いている上に、祖母(南松院)は信虎の娘・母(見性院)は信玄の娘、という二重三重に「甲斐源氏・武田氏」の濃い血脈を有していることになる。いわば、甲斐源氏・武田氏という流れから見たら、勝頼よりも濃厚な血筋ということになる。後に梅雪が「武田家に」ではなく、諏訪氏出身の「勝頼に」弓引くことになるのは、こうした甲斐源氏・武田家という「名門意識」の為せる業であった。

 

 梅雪が合戦に参加したのは、第4回川中島合戦からとされる。信玄本陣控えて信玄を守ったという。後には信玄の西上作戦の徳川・織田連合軍と戦った遠江(とおとうみ)・三方ヶ原合戦に参加している。梅雪は、鉄砲隊を指揮して徳川勢の奇襲作戦に対した。300挺の鉄砲が火を噴き、天野康景(あまのやすかげ)率いる徳川の奇襲隊は全滅に近い被害を受けた。これは、梅雪が日頃から鉄砲を重視しており、信玄護衛を本旨とする立場にあったからだという。

 

 しかし、合戦時に積極的に打って出るという蛮勇(ばんゆう)は振るわず、常に状況を把握して負けない戦いを心掛けた。これは梅雪の「被害を最小にするための合理性」であったが、諸将には「臆病者・卑怯未練」と映った。天正3年(1575)5月の三河・長篠合戦での生き残りが、その象徴とされる。

 

 天正10年(1582)の織田・徳川連合軍による甲斐・信濃侵攻に当たって、梅雪は黄金2千枚を信長に贈り、勝頼を裏切る行動に出た。しかし、これは凋落著しい勝頼の滅亡必至と見て、武田家を残すための方策を練り上げた末の梅雪の「武田家生き残り戦略」だった。現に、勝頼滅亡後、信長は梅雪の河内領を安堵しているし、梅雪が死亡後(天正10年6月、本能寺の変後に京都郊外で変死・享年42)には家康が梅雪の嫡男・勝千代(信治)を武田家の当主として再興させている。だが、この信治も16歳で病死したため家康は自分の五男・信吉に武田家を継がせたが早世し、武田家はここに至って滅亡した。

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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