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甲斐源氏を祖先に持ち、戦国時代には北奥羽の覇者となった【南部家】の歴史とは?【戦国武将のルーツをたどる】

戦国武将のルーツを辿る【第20回】


日本での「武士の起こり」は、遠く平安時代の「源氏」と「平家」に始まるという。「源平」がこれに当たるが、戦国時代の武将たちもこぞって自らの出自を「源平」に求めた形跡はある。だが、そのほとんどが明確なルーツはないままに「源平」を名乗ろうとした。由緒のあるか確たる氏素性を持った戦国大名は数えるほどしかいない。そうした戦国武将・大名家も、自分の家のルーツを主張した。絵空事も多いが、そうした主張に耳を貸してみたい。今回は奥州で勢力を誇り、明治まで続いた名家「南部家」の歴史にせまる。


 

南部藩中興の祖・南部信直が築城し、盛岡藩藩庁として南部領の象徴となった盛岡城。

 

 武士の頂点に立つ清和源氏の八幡太郎源義家。その弟で新羅三郎義光(しんらさぶろうよしみつ)は、甲斐源氏(武田氏)や常陸源氏(佐竹氏)の始祖になるが、南部氏は甲斐源氏・加賀美遠光(かがみとおみつ)を始祖とする。遠光の3男・光行(みつゆき)が開国河内領・南部(現・山梨県南巨摩郡南部町)を治め「南部氏」を称した。南部氏は鎌倉時代の末期、執権北条氏の地頭代として陸奥国糠信郡に入部した。やがて南部氏は、三戸や八戸、久慈などに広がり、それぞれに一族が割拠した。

 

 東北地方の領主・諸将は、先祖のほとんどが鎌倉時代に源頼朝の奥州征伐に従って参戦し、その功績で領地を与えられたといわれる。陸奥南部氏もそうした中の1人とされる。

 

 時代を経て南部氏26代目の当主となった信直(のぶなお)は、天文15年(1546)、岩手郡一方井に南部宗家・政康の孫として生まれた。父は石川高信。南部宗家は、信直にとっては従兄である24代・晴政であり、信直が長じて晴政の長女を妻に娶ったことから、子どものなかった晴政に乞われて養子(嗣子)となった。

 

 ところがその後に、予期せぬ出来事が起きる。晴政に実子・鶴千代が誕生したのだった。親の感情として、当然のことながら実子に家督を相続させたいと願うようになる。後に「賢明公平に生きた名君」といわれる信直は、もしも内訌が発生すれば家臣団も家も分裂すると考え、それを恐れた。自ら支城・田子城に退き、晴継(鶴千代)が南部家25代目を継いだ。

 

 天正15年(1582)1月、晴政が死去した。すると、その後を追うように晴継も病死した。これには一族である九戸政実が絡んだ暗殺である、という噂も流れた。

 

 南部氏には再び後継者争いが勃発した。重臣たちは3派に分かれて争った。信直と九戸政実、八戸政栄である。結果的には、一門の実力者・北信愛(きたのぶちか)や政栄らの支持によって内訌を勝ち抜いた信直が26代当主の座に就いた。だが。政実は、執拗に信直に抵抗し続けた。

 

 これ以前にも信直は、一族である大浦(後に津軽姓を称する)為信の離反と反抗にも悩まされていた。そんな折に、豊臣秀吉の小田原征伐があり、結果として参陣に遅れた信直は、辛うじて秀吉の機嫌を取り戻した。津軽為信は、いち早く参陣していて、領土を安堵されていた。その後に、秀吉による奥州仕置きがあり、小田原の陣に参陣しなかった奥州の大名豪族たちの所領を没収した。この中に九戸政実もいた。その反乱は、信直と関白秀次軍10万の大軍によって殲滅させられた。

 

 信直は、秀吉から南部内7郡を安堵され、城下町・盛岡に日本全国から商人や職人を呼び寄せて優遇し、繁栄に導いた。信直は「南部藩中興の祖」といわれる。加えて信直は、鹿角郡の山々で金を掘り当てるなど財政再建にもつなげている。

 

 慶長4年(1599)、信直が54歳で没すると、その家督は利直が継いだ。利直は関ヶ原合戦で東軍に付き、その武功によって陸奥10万石を安堵された。さらに子孫は、陸奥・盛岡藩主として明治維新を迎えている。

 

 

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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