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結婚は人生の墓場? モラハラ妻に苦しめられた作曲家の悲哀とは⋯⋯ハイドンとチャイコフスキーの場合

天才芸術家の私生活


天才作曲家といえども、家に帰ればただの人。中には、結婚相手に恵まれず悪妻に悩まされる人もいた。仕事の苦労も察せず嫌味三昧の妻に悩まされたハイドン、結婚生活に絶望し、自殺の瀬戸際まで追い込まれたチャイコフスキー。モラハラ妻に苦しめられた、2人の作曲家の哀話を紹介する。


■夫が書いた楽譜で野菜を包む! 音楽史上最大の悪妻

 

「結婚は人生の墓場」という言葉がある。ひとたび伴侶を間違えば、楽しいはずの家庭は、あたかも日々命を削る獄舎のごとき場所に変わる。

 

 音楽市場もっとも有名な悪妻をもったのが、「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」と称される古典派の巨匠フランツ・ヨーゼフ・ハイドンである。

 

 彼はボヘミア貴族の宮廷学長をしていた28歳の時、自身が下宿するかつら屋の娘マリア・アンナ・アロイジアという女性と結婚した。実はハイドンのお目当ては妹のテレーザだったのだが、あいにく修道院に入ることが決まっていた。そこで、彼女の父ケラーの勧めを受けて、自分より3歳年上のアロイジアで手を打つこととしたという。

 

 ところが、この選択がハイドンを終生悩ませることとなる。アロイジアは宮廷楽長・作曲家というハイドンの崇高な仕事に、まったく理解をもたなかったのだ。晩年、ハイドンは「靴屋の夫をもつか、芸術家の夫をもつかということは、私の妻には全く無関心なことなのだ」と語っている。

 

 その悪妻ぶりを示す逸話は枚挙にいとまがない。家事はまるでできず、嫉妬深く、怒りっぽい。ハイドンが書いた楽譜を破って野菜の包み紙にしたり、丸めて髪の毛のセットに使ったりしていたというから、もはや悪意をもってやっていたとしか思えない。

 

 また、夫が自分より先に死ぬものと考え、「あんたが死んだら住むつもりだから、家を買っておくれ」とせがんだという。結局、アロイジアはハイドンよりも早く、1800年に68歳で亡くなる。晩年は別居していたといわれるが、40年の長きにわたる夫婦生活を耐え抜いたハイドンの辛抱強さには頭が下がるばかりだ。

 

ハイドン イラスト/AC

 

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京谷一樹きょうたに いつき

日本史とオペラをこよなく愛するフリーライター。古代から近現代までを対象に、雑誌やムック、書籍などに幅広く執筆している。著書に『藤原氏の1300年 超名門一族で読み解く日本史』(朝日新書)、執筆協力に『完全解説 南北朝の動乱』(カンゼン)、『「外圧」の日本史』(朝日新書)などがある。

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