人種差別、借金踏み倒し、不倫……「オペラの変革者」ワーグナーの呆れた生き様
天才芸術家の私生活
ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーは「オペラの変革者」「20世紀音楽の先駆者」と称され、現在も世界中にワグネリアンと呼ばれる熱狂的なファンをもつ。その一方、平気で借金を踏み倒し、支援者や弟子の妻を寝取るなど、私生活はやりたい放題。「憎まれっ子の世に憚る」を地で行く天才芸術家の傍若無人ぶりを暴く。
■現代の映画音楽にも影響を与えたオペラ界最大の天才
ワーグナーは「オペラの変革者」と呼ばれる。従来にない作曲技法を編み出したばかりか、自作のオペラの台本まで手がけ、音楽界のみならず演劇にも多大な影響を残した芸術界の巨人である。
最大の功績は、従来の歌唱中心のオペラを否定し、音楽と演劇、詩が一体化した総合芸術である「楽劇」を創始したことだ。
それまでのオペラは歌手やアリア(独唱)が主役であった。歌手が一曲歌うごとに拍手が起こり、その都度、物語は中断した。それに対しワーグナーは、音楽は物語を引き立たせる一手段にすぎないと考え、途中で拍手が入るのを嫌い、1幕の間、音楽が途切れることなく続くスタイルを作り出した。
さらに、音楽に一体感を持たせるため、ライトモチーフと呼ばれる技法を編み出した。各登場人物、恋愛・憎悪などの感情、英雄などの概念、物語の状況などを象徴するフレーズをつくり、これらを繰り返し使用することで、全幕に音楽的な統一感を持たせたのだ。この技法は現代の映画音楽にも使われている。『スターウォーズ』において、ダース・ベイダーが「帝国のマーチ」とともに現れるのは、まさにワーグナーの技法が現代に生きている証しなのである。
さらに、ワーグナーは音楽の構造についても後世に多大な影響を残した。
普通の音楽は、例えばC調であれば、通常は主音のドで始まりドで終わる。ところが、ワーグナーは楽劇『トリスタンとイゾルデ』において、この不文律を崩した。主音に戻ると見せかけて、延々と転調を繰り返していくことで、騎士トリスタンと王妃イゾルデの報われない恋愛を表現したのだ。これは「無限旋律」「トリスタン和声」などと呼ばれ、和声や調性のあいまいさを生み出し、20世紀に流行する無調音楽の先がけになった。
■支援者の妻であろうがお構いなし! ワーグナーのウンザリな不倫遍歴
そんな大天才のワーグナーであるが、人格的には相当に歪んでいたらしい。
徹底した民族主義者で、ユダヤ人を「人間腐敗の根源者」と呼んで排斥を主張した。だが、それは当代随一の人気を誇るユダヤ人作曲家マイアベーアへの嫉妬からくる逆恨みのようなものだったからタチが悪い。
金銭感覚もゆがんでいた。ワーグナーは、「私のわずかばかりの贅沢が、そんなにひどい要求だろうか。世界の何千という人に楽しみを与えているこの私が」などとほざき、王侯なみの浪費をして巨額の借金をこしらえ、ことごとく踏み倒した。
極めつけは女性関係だ。なぜか、しきりに人妻にこだわるのである。ワーグナーには23歳の時に結婚したミンナという妻がいた。当時のワーグナーはブレイク前で生活は貧しく、支援者であるローソー夫妻の、ボルドーの邸宅に住まわせてもらった。その間、ワーグナーはローソー夫人と不倫関係になるのだ。
この情事は発覚し、ワーグナーはローソー氏に脅されて夫人と別れたが、ワーグナーはミンナへの愛情を失い、「食卓の向こう側の敵」として見ていたというからヒドい話である。
だが、ワーグナーは反省もせず、またもや支援者であるオットー・ヴェーゼンドンクの夫人マティルデと不倫に陥るのだ。この情事は、ミンナがワーグナー宛のマティルデの手紙を開封したことで発覚。ワーグナーはヴェーゼンドンク家から出入り禁止となり、ミンナとの関係も破局を迎える。この間、創作されたのが前述の楽劇『トリスタンとイゾルデ』である。世紀の傑作は不倫によって生みだされたのだ。
続いてワーグナーを虜にしたのが、指揮者・ピアニストであるハンス・フォン・ビューローの妻コジマだった。コジマはハンガリーの作曲家フランツ・リストの娘で、ビューローはワーグナーの指揮法の弟子であった。
ワーグナーは愛弟子の妻に手を出し、あまつさえ娘イゾルデまでもうけてしまう。当初、ビューローは心酔するワーグナーに気をつかい醜聞を否定したが、やがて我慢の限界に達しコジマと離婚。ワーグナーと敵対していたブラームス派につく。
翌1870年、ワーグナーはコジマと結婚する。ワーグナーは女遊びを繰り返したが、コジマは「浮気も芸の肥し」とばかりに黙認し、夫に献身的に尽くしたという。
そんなワーグナーであったが意外にも子煩悩で、実子はもちろん、コジマの連れ子も分けへだてなく可愛がったという。「甘やかしすぎる」といってコジマと喧嘩することもあったという、ほんわかしたエピソードも残している。

ワーグナー イラスト/AC