朝ドラ『あんぱん』子を捨てて官僚と再婚した母のその後 史実では東京で悠々自適に暮らしていた?
朝ドラ『あんぱん』外伝no.11
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』、第3週は「なんのために生まれて」が放送中だ。学校の先生になるという夢を見つけた朝田のぶ(演:今田美桜)と、そんなのぶが他の男性と親しげにしているのにジェラシーを感じる嵩(演:北村匠海)。そんなある日、8年前に嵩を置いて出て行った母・登美子(演:松嶋菜々子)が再婚相手と離縁して帰ってきた。柳井兄弟はそれぞれ母に対する複雑な感情を抱く。さて、史実ではやなせたかし氏の母・登喜子さんは離縁して戻ってくるということはなかった。母子はどのような関係になったのだろうか。
■息子2人を手放して3回目の結婚へ
やなせたかし氏(本名:柳瀬 嵩)の母・登喜子さんは、父・清さんと同じ高知県香北町在所村の出身。6人きょうだいの次女で、裕福な家庭に育ち、高知県立第一高等女学校に進学した才女だった。在学中に一度結婚をしているが、短い結婚生活を経て離縁し、実家に戻っている。そのため、嵩さんの父・清さんとは初婚ではなく再婚だった。
優しく、仕事でも将来を嘱望されていた夫との間に2歳違いの兄弟を授かった登喜子さんにとって、東京での満たされた暮らしは幸せなものだっただろう。しかし、清さんが赴任先で病没したことで、一家の幸せは終わってしまう。
元々子がなかった清さんの兄・寛さん夫妻とは、千尋さんをゆくゆくは養子に出すという約束があった。そこで、清さんが亡くなった後にまずは千尋さんを養子に出した。その後は嵩さんと実母との3人の生活を始め、どうにか手に職をつけようと生け花や茶の湯などありとあらゆる習い事をしていたらしい。不在にしがちだったが、嵩さんを時に厳しく、時に優しく育て、穏やかな生活を続けた。
そんな登喜子さんに、やがて三度目の結婚の話が持ち上がる。お相手は東京に暮らす官僚で、しかも既に子どももいた。官僚ということで裕福だったことは想像に難くない。この時、嵩さんは小学校2年生、まだ7歳だった。
登喜子さんは嵩さんを寛さん夫妻に預けることにした。やなせたかし氏は著書『人生なんて夢だけど』で、登喜子さんが寛さんとしばらく話し合ったあとに、「嵩はしばらくここで暮らすのよ。病気があるから、伯父さんに治してもらいなさい」と言ったと綴っている。そして、そのまま嵩さんの前から姿を消したのである。周囲はそんな登喜子さんの悪口を並べ立て、なかには幼い嵩さんに「あの母親はあなたを捨てたのだ」とわざわざ言ってくるような人もいたという。しかし、嵩さんは母の帰りを待ち続けた。そして、もう母には新たな家庭があって、自分の元に帰ってくることはないと知っても、恨む気持ちにはなれなかったという。
さて、その後の登喜子さんだが、東京・世田谷で新たな夫と相手の連れ子との生活をおくった。裕福な暮らしをしていたようだが、やがて三度目の結婚相手となったその男性にも先立たれてしまう。しかし、夫は自分亡き後の登喜子さんの生活を心配してか、東京の屋敷を遺してくれていた。登喜子さんはそこでしばらく生活していたらしい。
嵩さんは学生時代に登喜子さんとたびたび会っていたという。千尋さんは養母に遠慮する気持ちもあったようだが、大学生時代に登喜子さんと一緒に撮った写真が残っており、それなりに母子の交流があったことが窺える。自分たちを手放した母であっても、親子の情は生涯失われることはなかった。

イメージ/イラストAC
<参考>
■梯 久美子『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)
■門田隆将『慟哭の海峡』(角川書店)