映画『国宝』大ヒットで注目された「人間国宝」とは? 世界的に稀な「人を文化財として保護する」仕組みを徹底解説!
2025年も暮れようとしている。今年も様々なニュースが世間を賑わせたが、やはり映画『国宝』の大ヒットと邦画実写における歴代興行収入1位達成という話題がひときわ輝きを放っている。映画のヒットに伴って「人間国宝とはいかなるものか」という点にも注目が集まった。今回はその制度の変遷や認定基準について、月刊『歴史人』1月号より抜粋してお届けする。
■後世に受け継ぐための無形文化財の保護制度
「人間国宝」とは、日本の伝統芸能・工芸技術で最高峰に達した者を国民が親しみを込めて呼ぶ“通称”である。正式には「重要無形文化財の各個認定の保持者」といい、文化庁が認定する。昭和25年(1950)制定の文化財保護法が根拠で、当初は有形文化財が中心だったが、戦後の急速な近代化で無形の技が失われつつあったため、昭和29年の改正により無形文化財が追加され、昭和30年に初の指定・認定が行われた。
制度の目的は、消滅危機にある高度な技芸を「生きているうちに守り、後世へ確実に伝承する」実践的な保護にある。単なる栄誉ではなく、国家が生きている保持者を支える仕組みだ。認定基準は極めて厳格で、①日本を代表する伝統文化として特に高い価値を有すること、②本人が当該分野で最高水準の技術・表現力を備えた第一人者であること、③後進の指導・育成に実績と意欲があること、④長年にわたり活動を続け広く認められていること──の4要件を満たさなければならない。
審査は文化審議会(無形文化財専門分科会)が担当し、推薦→現地調査→実演・作品審査→諮問→答申→告示という手順を数年かけて慎重に進める。認定者の大半は70歳以上で、60代での認定は極めて稀である。国は年間200万円の特別助成金を支給し、弟子育成、作品制作、発表活動を支援するが、これは保護・伝承のための措置であり、本人が亡くなれば認定は自動的に消滅する。だからこそ「人間国宝=生きている国宝」という言葉がぴったり当てはまる。
■世界的にも稀な「人」を文化財として保護する仕組み
認定形態は個人認定と保持団体認定があり、団体例は能楽宝生流や手漉和紙の岩野市兵衛集団など。令和7年(2025)11月現在、指定分野は芸能8分野( 雅楽、能楽、文楽、歌舞伎、組踊、音楽、舞踊、演芸)と工芸技術7分野(陶芸、染織、漆芸、金工、人形、木竹工、和紙)の計約70項目。存命保持者は109名(芸能56名、工芸53名)で、令和7年7月には常磐津節三味線の常磐津都㐂蔵氏ら6名が新たに認定された。
昭和30年の制度開始以来の認定総数は401名に上る。原則として取り消しはないが、健康上の理由で活動不能となれば解除されることもある。特に工芸技術部門は高齢化が深刻で、2020年代は毎年5〜10名が亡くなり、後継者の不在により「最後の人間国宝」と呼ばれる人も複数現れている。年間200万円の助成金では高額な材料費や弟子育成費が不足し、多くの保持者が私財を投じて後継者を育てているのが実情だ。一方で若手育成を急ぐ動きも強まり、近年は70歳前後での認定も増えつつある。
人間国宝制度は世界でも極めて稀な「人を文化財として保護する」仕組みであり、日本の伝統文化を国家戦略として守り抜く姿勢の象徴である。ユネスコ無形文化遺産が「文化そのもの」を対象とするのに対し、日本は「人」を直接保護する点で際立った独自性を有しており、他国からも注目されている。令和7年度には文化財保護法告示が改正され、「生活文化」分野が新設された。これにより日本料理、酒造り、華道、書道、茶道などが対象に加わり、従来の芸能・工芸に加えて食や暮らしに根ざした技も保護されることになった。文化庁は令和8年度予算で助成枠10人分増額を要求しており、場合によっては初の「食の人間国宝」認定もありうる。日本の文化遺産は、より豊かで幅広い形で次代へと受け継がれていくことが期待されている。

市川鰕蔵の暫/出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
執筆/伊藤賀一