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天下人・徳川家康はどのような血筋の「家」に生まれたのか?権威ある名門?勢力をもった土豪?僧の家系?謎に包まれた「徳川家」の歴史をさぐる【戦国武将のルーツをたどる】

戦国武将のルーツを辿る【最終回】


日本での「武士の起こり」は、遠く平安時代の「源氏」と「平家」に始まるという。「源平」がこれに当たるが、戦国時代の武将たちもこぞって自らの出自を「源平」に求めた形跡はある。だが、そのほとんどが明確なルーツはないままに「源平」を名乗ろうとした。由緒のあるか確たる氏素性を持った戦国大名は数えるほどしかいない。そうした戦国武将・大名家も、自分の家のルーツを主張した。絵空事も多いが、そうした主張に耳を貸してみたい。今回は戦国時代を終焉させ、日本に400年ほどの安定をもたらせた天下人・徳川家康の「徳川家」の歴史にせまる。


 

徳川家康の本城・駿府城にたつ家康像。

 

 天下人・徳川家康の先祖は本当に清和源氏に繋がる人物だったのか──。

 

 この疑問は、徳川幕府が開かれる以前から、誰もが抱いていた疑問であった。「戦国の三英傑」などと呼ばれるが、織田信長にしても、豊臣秀吉にしても、どこの何者か、その出自は明らかになっていない。秀吉が農民の出身であることだけは分かっているが、だからこそ「源平藤橘」(源氏・平氏・藤原氏・橘氏)という日本の4名族とは別に「豊臣姓」を創作した。信長の先祖は下級神官であった。家康自身も、本当に清和源氏と思っていたかどうかも怪しい。ただ、徳川に改正する前の名字である「松平」が、三河国加茂郡松平(愛知県豊田市)に起源することだけは間違いない。

 

 いわば「松平」とは、加茂郡の山間部にある比較的平らな土地に一本松が生えていて、その周辺に存在した集落くらいの土地を指した。清和源氏の血を引く名門・新田氏を祖先に持つ、などという意識を自らにすり込んだ結果、それを言いつのり、「家康をさかのぼる8代前の人物こそが新田氏末流であり、故あって上野国を出て諸国放浪の果てに、三河・松平の土豪・松平太郎左衛門の入り婿となり松平氏を名乗った」と江戸時代の書物(大久保彦左衛門『三河物語』など)には記されているという。この人物が初代・松平親氏(ちかうじ)である、とする。

 

 いずれにしても、家康はじめ戦国時代の武家にあっては「清和源氏義家流が最も権威ある家系」ということになっていた。しかし、家康の場合、この源義家流の嫡流としての系譜も伝承もない。そこで、嫡流ではないが義家~義国~義康(足利氏の祖)と続く家系図に4男・義季(よしすえ)を「得川四郎」として家康の徳川家の遠祖とした。

 

 家康にとって初代松平氏とする親氏とは、徳阿弥(とくあみ)という諸国遊行の時宗の僧であった。この徳阿弥が三河・松平郷に来て土地の有力者・太郎左衛門家に婿入りし、家を相続して「親氏」と名乗った。徳阿弥(親氏)は、源氏の嫡流・新田氏一族・徳川氏の嫡男であると語った、と江戸期に林述齋(はやしじゅっさい)は記す。他の資料からも、確かにこの時期に「徳阿弥」という名前が松平郷の記録に見える。それは応永27年(1420)頃のことであるという。天文11年(1542)生まれの家康からは122年も前のことである。

 

 親氏を初代として、2代・松平泰親(やすちか)が「世良田」(せらた)姓を名乗り、さらに家康の祖父・松平清康(きよやす)は7代、父・広忠(ひろただ)は8代目となる。松平郷とは、巴川上流の200㍍ほどの山々が重なり合った地域に小さな平地が開けている、その場所をいう。松平氏は、室町時代中期、15世紀半ばに3代・信光が三河平野に入り安城を根城とした。信光には48人もの子女があったと言われる。この子女たちが勢力を拡大して、後には「十八松平」といわれる分家となった。

 

 家康簿祖父・清康、父・広忠ともに非業の死を遂げ、家康自身も8歳から19歳まで今川家での人質生活を余儀なくされた。

 

 今川家は足利系の名家であった。こうした名家で11年間の人質生活を送った家康が「名家意識」を持ったとしてもそれは当然のことであったろう。家康は「武将は、名家・源氏であるべき」として育った。それが、後に名前を「元康」から「家康」に改名する一因となった。「家」とは清和源氏の「義家」からの借用である。

 

 永禄9年(1566)に家康は、朝廷に願い出て「松平」から「徳川」に姓を改めることを願い出て許され、さらに従五位下・三河守に任官した。

 

 家康が天下人になる前に、吉田兼見や近衛前久などが画策して、家康は正式に「清和源氏」に繋がる家系であることを追認された。そして家康は、源氏の血筋しかあり得ない「征夷大将軍」という武家最高の立場を得たのであった。  

 

 

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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