軍刀術が日本の本来の剣道!? 陸軍で行われた剣道VS銃剣術の結果は…「日本刀は世界一」という幻想が、神がかり的な白兵戦思想を生む
目からウロコの剣豪・剣術伝説

【図1】銃剣術/『剣術教範』(陸軍省編、兵用図書、大正4年)、国立国会図書館蔵
◼️日本の剣道こそ世界最強!銃剣術など無用
明治の陸軍はフランス陸軍を手本として出発し、軍刀術はフランス式の片手軍刀術(サーベル)だったことは前回(「剣道」と「フェンシング」どちらが強い!? 実際に戦った結果、勝ったのは果たして…)で述べた。
その後、わが国は日清・日露の両戦争の勝利で自信を深めたこともあり、軍刀術は日本の本来の剣道であるべきだという意見が澎湃(ほうはい)として起こった。
そうした意見を受けて、陸軍は大正4年(1915)、『剣術教範』を改訂した(軍令陸第十六号)。
その総則第4に――
剣術を分かちて銃剣術、軍刀術とし、軍刀術はさらに分かちて両手軍刀術および片手軍刀術とする。
とある。
両手軍刀術は剣道であり、片手軍刀術はサーベルである。
ついに、剣道が陸軍の軍刀術に格上げされたのだ。剣道信奉派の悲願が実現したと言おうか。

【図2】両手軍刀術/『剣術教範』(陸軍省編、兵用図書、大正4年)、国立国会図書館蔵
総則第5には――
*銃剣術 歩兵、騎兵、重砲兵、交通兵隊の士官、准士官および下士兵卒。
*軍刀術
・両手軍刀術 各兵隊(騎兵隊を除く)の士官、准士官および帯刀本文の下士兵卒
・片手軍刀術 騎兵隊の士官、准士官および下士兵卒
とある。
サーベルを使用するのは騎兵だけとなったのだ。

【図3】片手軍刀術/『剣術教範』(陸軍省編、兵用図書、大正4年)、国立国会図書館蔵
【図1】は銃剣術、【図2】は両手軍刀術、【図3】は片手軍刀術である。
以後、陸軍では白兵戦の武技として、剣道(両手軍刀術)と、ヨーロッパ伝来の銃剣術(いわゆる剣付鉄砲、バイヨネット)を訓練するようになったのである。

【図4】竹刀と木銃/『剣術教範:軍令第十六号』(軍友協会、大正5年)、国立国会図書館蔵
【図4】は、竹刀と木銃を示しているが、竹刀は剣道の練習用。木銃は銃剣術の練習用で、先端に槍に用いる安全具の「たんぽ」が装着されている。
説明によると、その全長は、
両手軍刀術(剣道)用 3尺8寸(約115㎝)
片手軍刀術(サーベル)用 3尺1寸(約94㎝)
木銃 形状尺度は軍用銃にほぼ同じ。
とあるが、【図4】を見ると、木銃の方が竹刀よりも長いのがわかろう。
大正4年以降、陸軍では剣道と銃剣術の訓練をおこなっていたわけだが、国粋主義の台頭とともに剣道界から、日本の剣道こそ世界最強であり、銃剣術など無用だという意見が出るようになった。
そして、剣道が強いか、銃剣が強いか、軍人も巻き込んだ論争となった。
そこで、では対抗戦をやってみようということになったのである。
フェンシング対剣道ならぬ、銃剣対剣道である。
『軍隊剣術の変遷(1)』(兼坂弘道著、防衛大学校紀要第三十六輯)によると、
大正13年(1924)5月、京都の大日本武徳会の道場で、剣道側と銃剣術側からそれぞれ19名の選手が出場して、剣道対銃剣術の異種対抗戦がおこなわれた。
19名による対抗戦だから、前回述べたフェンシング対剣道の試合よりも大規模であり、説得力がある。
もちろん、剣道は竹刀、銃剣術は木銃を用いた。選手は【図1】と【図2】のいでたちをしていたことになろう。
そして対抗戦の結果、銃剣術側が12勝7敗で勝利した。銃剣術の勝率は約63%である。
19組もの試合の結果だから、明らかに銃剣術が剣道より強いと言ってよかろう。
銃剣はいわば槍である。
実力に格段の差がない限り、武器としては槍のほうが刀より有利ということでもあろう。剣道信奉派にしてみれば、ショックに違いない。
ところが、こういう実践的な統計を前にしても、「日本刀など戦場では役に立たない」という結論には向かわない。
軍人はもとより、多くの日本人が剣道への信念をますます強固にした。
少なからぬ軍人が「日本刀は世界一」などと、神がかり的な白兵戦思想を強め、太平洋戦争の破局に向かっていくのは歴史が示すとおりである。
※剣術教範・総則の漢字と仮名遣いは現行表記に改めた