朝ドラ『あんぱん』伯母が泣き崩れ、近所を巻き込んで大捜索…思春期のやなせたかし氏が起こした“家出騒動”とは?
朝ドラ『あんぱん』外伝no.13
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』、第4週は「なにをして生きるのか」が放送中だ。女子師範学校進学を志す朝田のぶ(演:今田美桜)は、嵩(演:北村匠海)と一緒に勉強に励む。ところが嵩は、文武両道の優秀な弟・千尋(演:中沢元紀)へのコンプレックスを募らせ、汽車が迫る線路に横たわるという行動に出る。じつはこの出来事は史実だったのだが、当時のやなせたかし氏は他にも周囲を巻き込んで騒動を起こしていた。今回はそのエピソードをご紹介したい。
■思春期に入った自分の感情を持て余して危険な行いをしてしまう
嵩さんが誕生したのは、大正8年(1919)のこと。その2年後に弟の千尋さんが生まれた。2歳違いの兄弟は、大正13年(1924)に厦門にいた父・清さんが病没したのを機に生き別れることになる。清さんの死後、千尋さんは後免町で開業医をしていた清さんの兄・寛さんと妻のキミさんの養子になった。
兄弟が再び共に暮らすようになったのは、嵩さんが小学2年生になった頃だ。母・登喜子さんが再婚することになり、嵩さんは柳瀬夫妻の元で暮らすことになった。とはいえ、幼い時から正式に養子に入ってわが子のように愛育された千尋さんと異なり、嵩さんは養子というわけではなかった。柳瀬夫妻は嵩さんにも愛情を注いだが、嵩さんにとっては「居候の身」「本当の子でもないのに、母に置いていかれた自分を育ててもらっている」という引け目があった。
中学生になり、思春期ならではの悩みや自分の身体的な変化に対する戸惑いに直面した嵩さんは、思いつめるようになった。幼い時から愛らしく、甘え上手だった弟は嵩さんにとっても可愛い存在だったが、どうしようもない劣等感や寂しさを覚えることもまた事実だった。
鬱屈した日々をおくっていた中学2年生の夏、嵩さんは夜にふらふらと家を出て、夜の町を歩き続けた。そして、いつの間にか線路脇に立っていた嵩さんは、そのまま線路の上に横になったのである。やがて遠くから汽笛の音が聞こえてきて、徐々に線路から伝わる振動が体を震わせるようになってきた。そこで我に返った嵩さんが慌てて飛びのいた瞬間、汽車が勢いよく目の前を通った。まさに間一髪だった。作中のエピソードはこの体験に基づいているようだ。
しかし、事件はそれだけではなかった。ある日、嵩さんは自分でも心の奥に巣くうどうしようもない感情を持て余して、家出することにした。隠れ場所は製材所という、いかにも(中学生とはいえ)子どもが考えるような無計画な家出だった。日没を迎える頃には嵩さんの不在を心配した家族や近所の大人たちが、必死に捜索を始めた。自分の名を呼ぶ声が繰り返し響くなか、身を縮めて隠れ続けた嵩さんは、深夜3時になってようやく帰宅したという。
寛さんは少しも嵩さんを叱らなかった。嵩さんの身を案じ続けていた伯母のキミさんは、帰宅した嵩さんの姿を見て泣き崩れたという。
複雑な家庭環境と尽きない悩みを抱えて、時に大騒動を起こしていた嵩さんだが、寛さん夫妻がいかに嵩さんのことも愛していたかがよくわかるエピソードである。

イメージ/イラストAC
<参考>
■梯 久美子『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)
■門田隆将『慟哭の海峡』(角川書店)