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相打ちを極地とした剣術・無住心剣流の創始者<針ヶ谷夕雲>とは⁉

【日本剣豪列伝】剣をもって生き、闘い抜いた男たち<第11回>


戦国時代。剣をもって戦場を往来し、闘い抜き、その戦闘形態が剣・槍・弓矢から鉄砲に変わっても、日本の剣術は発達し続け、江戸時代初期から幕末までに「剣術」から「剣道」という兵法道になり、芸術としての精神性まで待つようになった。剣の道は理論化され、体系化されて、多くの流派が生まれた。名勝負なども行われた戦国時代から江戸・幕末までの剣豪たちの技と生き様を追った。第11回は無住心剣流の創始者である針ヶ谷夕雲(はりがやせきうん)。


「刀 無銘 正宗(名物 石田正宗)」
沸(にえ)の美を表現した相州(そうしゅう)伝の作風で、石田正宗の名がある。その由来は石田三成が所持したことによるもので、刀身に受け傷があることから、石田切込正宗とも称される。関ケ原の戦いの前年である慶長4年(1599)に、三成から家康の子の結城秀康に贈られた。
東京国立博物館蔵、出典/ColBase

 針ヶ谷夕雲は、文禄2年(1593)、上野(下野)針ヶ谷に生まれている。通称を五郎右衛門正成といい、兵法を好んだことから江戸に出て、小笠原源信斎の門を叩いた。源信斎は、上泉信綱(かみいずみのぶつな)・奥山休賀斎(おくやまきゅうがさい)を経て自ら新陰流正統3代目を名乗っていた。この源信斎の弟子として学んだが、時代は「元和偃武(げんなえんぶ)」つまり、徳川家康による天下泰平の世の中になっていたから、兵法者(剣客)が剣によって仕官や出世を望むことは難しくなっていた。それでも夕雲は40歳くらいまでを剣客として修行を続けた。なお「夕雲」と名乗るのは、老年に達し掛かってからである。

 

 夕雲は体長6尺(約2メートル)、力は大人3人力。腰に差した刀は2尺5寸(1メートル33センチ)の重い刀で、刃引きしてあった。理由は「大勢を相手に闘う時に、刃があると刃が欠けた時に引っ掛かる。むしろ始めから刃引きしておいて叩き殺すのがよい」であった。斬るのではなく。叩いて潰すというのである。夕雲は、真剣勝負をすること52回。1度も敗れたことはない、と豪語していた。

 

 夕雲について、その一番弟子ともいえる小田切一雲(おだぎりいちうん)は『夕雲流剣術書』『天真独路』などでその剣法理論や実体験などを書き記している。また、「夕雲は学問もなく文字の読み書きも出来ない人であった」と書いている。これは蔑(さげす)んでの言葉でなく、そうした人でありながら、立派な剣法理論や人生訓を残したことを褒め上げているのだ。ずっと後の幕末に名人といわれた剣客・山田次郎吉(やまだじろきち)もその著書『日本剣道史』で「200年来の名人」と書き、同様に幕末の剣客・白井亨(しらいとおる)も『兵法未知志留辺(ひょうほう・みちしるべ)』でも夕雲をして「古今名人」の筆頭に挙げているほどである。

 

 では、夕雲の剣法理論とはどういうものか。夕雲は「相打ちをもって、至極の幸いとなす」という境地に達している。刀など武器によって相手に打ち勝つのが兵法なのに「相打ち」を理想とするというのは不思議な理論である。夕雲は、こう続ける。「剣法を用いる場合、1つは戦場での太刀打ち、2つは主命によって行う上意討ち、3つは不意に起こる喧嘩斬り合い。この3つしかない。そして、このどの場合でも、相打ちになることは決して残念な結果ではなく、恥でもない」。つまり、相手の腕次第で自分も殺されるかも知れないが、目的は相手を確実に倒すということだから、相打ちでも間違ってはいない。というのであった。

 

 もっと言えば夕雲の理論は「他流では剣法を3段に分け、弱い者には勝ち、強い者には巻け、互角の者同士は相打ち、と決まっている。だが私の夕雲流では、名人の域に達した者同士が立ち合えば、どうしても相手を討つことが出来ないから引き分ける、これが相抜けである。剣の聖(ひじり)とは古今ただ1人であって、2人とはない。だから聖と聖とが立ち合ったら、相抜けより他にない」。

 

 夕雲が帰依した江戸・駒込の天沢山龍光寺の住持・虎伯大宣和尚が、夕雲の「禅の悟りの上に置いた新しい刀法」に感じ入って「無住心剣流」と名付けた。弟子は2千450人もいたという。寛文2年(1662)没。

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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