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鎌槍を発明した宝蔵院流槍術の祖<宝蔵院胤栄>という男

【日本剣豪列伝】剣をもって生き、闘い抜いた男たち<第9回>


戦国時代。剣をもって戦場を往来し、闘い抜き、その戦闘形態が剣・槍・弓矢から鉄砲に変わっても、日本の剣術は発達し続け、江戸時代初期から幕末までに「剣術」から「剣道」という兵法道になり、芸術としての精神性まで待つようになった。剣の道は理論化され、体系化されて、多くの流派が生まれた。名勝負なども行われた戦国時代から江戸・幕末までの剣豪たちの技と生き様を追った。第9回は宝蔵院流槍術(ほうぞういんりゅうそうじゅつ)の祖・宝蔵院胤栄(ほうぞういんいんえい)。


「太刀 銘 助真」 (たち めい すけざね)
鎌倉時代中期、備前国(岡山県)福岡庄で名を馳せた一文字派は、非常に華やかな丁子刃の作風の刀工集団で、助真は同派の代表工の一人である。この太刀は茎が磨上げられており、のちに紀州徳川家に伝来した。東京国立博物館蔵、出典/ColBase

 鉄砲伝来前の戦国時代。戦場では、太刀(たち)を抜いて闘うよりも槍(やり)を主たる武器として武士たちは闘った。騎馬武者も雑兵・足軽もすべて槍を掴んで戦場を往来した。離れては弓矢、接近戦では槍というのが、普通の合戦風景であった。それは武功のうち「一番槍」という褒め言葉にも残されている。戦場で闘ううちに、槍が折れて初めて太刀を抜いた。兵法(武道)も、剣術だけではなく、必ず槍術が含まれており、名人・剣豪といわれる人々は誰も槍術を学んだ。兵法といえば、槍・剣が一体になっていたのである。当然、戦場での闘いを想定すれば、武士は槍にも優れていなければならなかった。

 

 兵法のうち、剣術から離れて槍術のみを流派にしたのが、宝蔵院胤栄である。大永元年(1521)に生まれた胤栄は、公卿・中御門(なかみかど)氏に出自が求められるという。父・中御門胤永は京都・興福寺の檀徒であり、子の胤栄は長じて、その興福寺の塔中(たっちゅう)・宝蔵院の院主となった。

 

 それ以前の胤栄は幼い頃から武芸が好きで、名人・達者といわれる武芸者を求めては弟子入りをした。そうして兵法を教えられた師匠は40人以上もいるという。念流も極めたし、神道流も免許皆伝であった。槍術も薙刀術も名人・上手といわれるような人物から学んだ。さらに胤栄は学んだ槍術に自らの工夫を凝らして「宝蔵院流」という剣法を抜いた槍術のみの流派を開いた。

 

 有名な鎌槍は、胤栄が工夫した槍術のうちで最大発明である。この鎌槍ゆえに「宝蔵院流槍術」は、槍のみの流派になり得たといっても良い。

 

 ある夜のことであった。胤栄は宝蔵院に近い猿沢池のほとりを散歩していた。ふと池を見ると、鎌のような形の月影が映っている。池に映る、その鎌のような月を見ているうちに、胤栄にはある考えが閃いた。「そうか、鎌か。槍の先にこの形の刃を付けたら、槍はもっと強くなるのでは」。以来、胤栄は鎌槍を工夫して、槍術に使える形が完成した。

 

 新陰流の上泉信綱(かみいずみのぶつな)が諸国を巡行している時に、伊勢の国司・北畠具教(きたばたけとものり)の知遇を受けた。この時点で、胤栄は高名な槍術の師範として知られるようになっている。信綱は、胤栄の槍術に興味を持っていたので「宝蔵院流の槍術を是非見てみたい」として、使者を胤栄に送ってきた。胤栄は「上泉信綱」からと聞いて、すぐに伊勢に行き立ち合った。立ち合いは、3日間に及んだ。数度の立ち合いで信綱の新陰流の見事さに驚いた胤栄は、即座に門弟になった。

 

 宝蔵院胤栄は以後も兵法の世界では、独特の位置を占めるに至る。だが晩年、胤栄は仏に仕える身として人を殺す槍術を教えることに疑問を感じ、数カ月間悩み抜いた挙げ句、すべての兵法を捨て去る決意をした。寺にあった武器は一掃して、信じる高弟に預けた。そして「この寺では決して兵法を学ぶことは許されない」と表明し、自らは隠居した。慶長12年(1607)8月、胤栄は88歳の長寿を全うして没した。

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過去記事

江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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