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文武両道で兵法21流を極めた体捨流の開祖<丸目蔵人>という男は何者⁉

【日本剣豪列伝】剣をもって生き、闘い抜いた男たち<第5回>


戦国時代。剣をもって戦場を往来し、闘い抜き、その戦闘形態が剣・槍・弓矢から鉄砲に変わっても、日本の剣術は発達し続け、江戸時代初期から幕末までに「剣術」から「剣道」という兵法道になり、芸術としての精神性まで待つようになった。剣の道は理論化され、体系化されて、多くの流派が生まれた。名勝負なども行われた戦国時代から江戸・幕末までの剣豪たちの技と生き様を追った。第5回は「体捨流(たいしゃりゅう)」の開祖、丸目蔵人(まるめくらんど)。


「刀 無銘 正宗(名物 石田正宗)」
沸(にえ)の美を表現した相州(そうしゅう)伝の作風で、石田正宗の名がある。その由来は石田三成が所持したことによるもので、刀身に受け傷があることから、石田切込正宗とも称される。関ケ原の戦いの前年である慶長4年(1599)に、三成から家康の子の結城秀康に贈られた。
東京国立博物館蔵、出典/ColBase

 丸目蔵人佐長恵(ながよし)は、生年は不明だが、肥後(熊本県)球磨郡(くまぐん)日吉に生まれた。肥後の豪族・相楽(さがら)氏に仕え、17歳の初陣で手柄を立てたという。幼時から兵法(剣法)に興味を持ち、様々な流儀を学んだ。京都に出て北面の武士として朝廷に仕えた時期に、新当流・塚原卜伝(つかはらぼくでん)から教授されている。蔵人は「九州第一の剣の達人」とされ、かなり自信家になっていた。

 

 元亀2年(1571)7月、上泉伊勢守信綱(かみいずみいせのかみのぶつな)が、弟子たちと共に京に上ってきた。信綱一行は、将軍・足利義輝(あしかがよしてる)や正親町(おおぎまち)天皇の前で剣技を披露した。これを知って蔵人は、信綱に挑戦した。「天下の上泉とはいえ、何ほどのことやあらん」とばかりの勢いであった。蔵人は、信綱を打ち負かして、自分の武名を天下に轟かせようという気になっていた。

 

 普段ならこうした試合を挑まれても避けるか、弟子のどちらか(疋田文五郎/ひきたぶんごろう・神戸伊豆)を指名する信綱であったが、蔵人には応じた。試合に当たって信綱が袋竹刀(ふくろしない)を出したことに「なぜ木刀を用いないのか」と蔵人は尋ねた。信綱は「木刀を用いれば、必ずどちらかが傷付く。怪我をしたからといって褒められもすまい。兵法(剣技)は人を傷付けて喜ぶものでもあるまい。それで私はこの袋竹刀を発明したのだ」と笑って答えた。蔵人は「臆病な」と、信綱を侮った。

 

 自信満々で試合に臨む蔵人に、信綱はいとも簡単にその木刀を打ち落とした。敗れた蔵人は、なぜこんなに簡単に打ち据えられたのか、分からない。もう1度木刀を構えると、今度は頭を打たれた。それも自分の木刀は信綱の袋竹刀にかすりもしなかった。3本目は、声も掛けずに信綱の隙を見て打ち込んだが、今度は信綱が右に変化して蔵人の身体に当てて倒した。この3本の立ち合いで、蔵人は初めて「敗北」の痛みを知った。辞を低くして蔵人は信綱に弟子入りを乞い、許されると「新陰流」の修行に打ち込んだ。

 

 数年の就業の末に、信綱から奥義を得ると蔵人は、故郷・日吉に戻った。ここで多数の門人を教えて、さらに腕を上げた。蔵人は、信綱からもっと教えてもらいたいことが多くあること意識して、再び京都に出た。しかし、上京した蔵人は、信綱がすでに死去していたことを知って失望落胆した。信綱に死別して「新陰流」のさらに奥義を得られなくなった、という意味から自ら工夫した剣技を「体捨流・大捨流(たいしゃりゅう)」と名付けた。新陰流の奥義を捨てる、ほどの意味であった。

 

「体捨流」の剣法は荒っぽいので有名であった。実戦そのものの剣法であり、戦場での刀槍を想定した刀法であった。門人の奥山左衛門太夫がこの刀法に後年、工夫を加え「心貫流」を開いた。相手の手元に繰り込み、一挙に勝ちを制する刀法である。

 

 蔵人は、剣ばかりか槍・抜刀術(ばっとうじゅつ)・手裏剣(しゅりけん)・馬術・薙刀(なぎなた)・十手術(じってじゅつ)など21流儀の兵法を修め、青蓮院(しょうれんいん)宮の免許を得たほどの書道の達人でもあった。丸目蔵人は、寛永11年(1634)、生まれ故郷の人吉で病没した。93歳という長命であった。

 

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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