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異人に剣法を伝授された「念流」の始祖<念阿弥慈音>─剣をもって生き、闘い抜いた男たち─

【日本剣豪列伝】剣をもって生き、闘い抜いた男たち<第1回>


戦国時代。剣をもって戦場を往来し、闘い抜き、その戦闘形態が剣・槍・弓矢から鉄砲に変わっても、日本の剣術は発達し続け、江戸時代初期から幕末までに「剣術」から「剣道」という兵法道になり、芸術としての精神性まで待つようになった。剣の道は理論化され、体系化されて、多くの流派が生まれた。名勝負なども行われた戦国時代から江戸・幕末までの剣豪たちの技と生き様を追った。第1回は「念流(ねんりゅう)」の始祖である念阿弥慈音(ねんあみじおん)。


 

「太刀 銘 定利」(たち めい さだとし)
約800年前に作られて以来、研ぎ減りによる多少の変化はあるものの、大きな形の変わりはない。刀剣全体のほぼ真ん中を中心にして全体に反りがつき、ゆるやかなな曲線美を描いている。作者は鎌倉時代の刀工である定利。(東京国立博物館蔵、出典/ColBase)

 

 慈音は南北朝時代の観応2年(1351)に奥州・相馬に生まれた。父・相馬四郎忠実は新田義貞(にったよしさだ)の家臣として戦功もあったが、友人に謀殺された。この時、慈音はわずか5歳。危険が迫ったために乳母が連れて武蔵国今宿に逃れた。7歳で相模・藤沢の遊行寺に入り、遊行上人の弟子として、念阿弥慈音という僧名を付けられた。だが慈音は心密かに、父の仇討ちを誓っていた。「そのためには兵法・剣術の修行をしなければ」と、10歳で京に上り洛外の鞍馬寺に籠もった。源平時代の源義経の逸話を地で行こうとしたのだった。

 

 その時に、慈音の前に現れたのは「天狗」ならぬ「異国人」であった。記録にはないが、異国人というのは中国大陸か朝鮮半島から渡ってきた剣の達人であったらしい。日本の剣術自体もその源流には、こうした大陸や半島の剣法の影響を受けている。慈音は、この異国人から薙刀・槍・剣・杖などの武術を教えられた。異国人とは、鞍馬山で僧兵などに武術を教授する渡来人であった可能性もある。彼らが、僧兵を訓練したのであろう。

 

 16歳になった慈音は、さらに鎌倉の寿福寺赴き、栄祐という僧から剣術の秘伝を授けられたという。その2年後には九州・筑紫の安楽寺で修行中に、夢の中で剣術兵法の奥義を感得した。応安元年(1386)5月のことであった。慈音は、その後も全国の寺にいる剣法の達人を訪ねては剣の修行を続けた。 ある年、ひそかに生まれ故郷の奥州・相馬を訪ね、自ら元服して「相馬四郎義元」と名乗った。そして磨いてきた剣の技を使って父の敵を討ち取り、その首級を墓前の備えた後、3年間の喪に服し、同時に精神修行を積んだ。家督を弟に譲って、自らは禅門に入り直し、名前を「慈音」から「慈恩」と改めた。慈恩となって諸国を行脚し、その剣法を広めたのが「念流」と呼ばれるようになる。念阿弥からの「念流」である。

 

 慈恩の門弟は傑出している。上州(群馬県)馬庭に土着した樋口兼重が慈恩に弟子入りして奥義を極めたのが「馬庭念流・樋口念流」である。また、他の弟子の中条長秀は「中条流」、甲斐筑前守は「富田流」、二階堂石馬助は「二階堂流」をそれぞれ開いている。

 

 念流は、無構え、という構えで知られる。自分の刃(やいば)の先を右斜め下に引いて、身体を開け放しにしておく。そこで身体をぐっと前に屈める。一見すると剣の原理に外れた無謀な構えに見えるがこれが念流の「肉を斬らせて骨を断つ」秘訣であるという。しかも、念流の剣はこちらから仕掛けない。相手に斬らせてただのひと太刀で相手を仕留める。『念流兵法心得』に「無構えは、無刀の位なり」とある。

 

 晩年の念阿弥慈音は、信州・伊那に籠もり「念和尚」と称した。応永15年(1408)5月、病死した。享年56。後世の弟子たちは「念大和尚」と呼ぶ。

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過去記事

江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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