江戸時代の夜の営みで愛用された性具「張方(はりかた)」【江戸の性語辞典】
江戸時代の性語㊳
現在ではカタカナで表現されているものも、もちろん江戸時代には日本語で表現されていた。ここでは現代では使われていない「江戸時代の性語」を紹介していく。
■張方(はりかた)
鼈甲(べっこう)や水牛の角(つの)で作った疑似陰茎。鼈甲も水牛の角も、長崎にもたらされる輸入品だったので、張方は非常に高価だった。
男子禁制の奥女中は性に飢え、張方でなぐさめているというのは春本や川柳の定番である。
図は、各種性具の説明をしているところで、一番右が張方。

【図】性具一覧。右が張方。(『百入一出拭紙箱』北尾雪坑斎?/宝永三年頃、国際日本文化研究センター蔵)
(用例)
①春本『帆柱丸』(喜多川歌麿、享和元年)
女は奥女中をしていたので、男の経験はほとんどなかった。たまたま、男と出会い、
今年、二十七まで、指人形と張方にて虫を養い、生き物は久しぶり、
「さても、さても、このようによいものか、ああ、もう、それそれ、そこを強く、いっそもう、死にます、死にます、あれ、また死にます」
と、男の肩先にしっかと歯の跡のつくほどかぶりつき、
「指人形」は指での自慰。「虫を養い」は欲求不満を鎮めること。
張方との対比であろうが、陰茎を「生き物」と称しているのがおかしい。
②春本『逢身八契』(歌川国貞、文政十年)
武家屋敷の奥女中が、職人と情事を楽しむ。男が言う。
「もし、どうでごせえやす。張方の味とは、ちっと違えやしょう。おめえさんもまた、平人(ひらびと)と違って格別、何だか知らねえが、雨上がりの道普請(みしぶしん)見るように、素敵と、ねばっこいぜ」
奥女中だけに、日ごろは張方で慰めていた。
平人は、庶民の女の意味であろう。やはり奥女中は男にとって、特別な存在だった。
③春本『閨中女悦笑道具』(渓斎英泉)
張方 大きさ定まりなく、およそ長さ五寸五、六分。大小あり。淫乱なる女を悦(よろこ)ばするに用いる道具なり。
五寸五~六分は、十七センチ弱である。
④春本『枕文庫』(渓斎英泉)
張方の使用法について。
黒鼈甲、または角にて作る。紐を付け、腰に付けておこのうもあり。あしのかかとへ結び付け、ひとりこれを挿(さ)し入れて楽しむもあり。
角は水牛の角のこと。
腰につけるのは、女同士で用いる場合。かかとに付けるのは、ひとりで使用する時である。
⑤春本『妹背山』(歌川国直)
女中が姫を慰めようと、
取り出す鼈甲の張方。姫は見るより笑い顔。
「こりゃ、どうするのじゃ」
「わたしらが、よいことをしてあげるほどに、お待ちやれ」
と、湯をつぐやら、綿を詰め込むやら、いろいろ支度して、
「さあ、お姫さま、横におなりなされませ」
湯で湿らせた綿を張方に詰めていたことがわかる。張方を人肌に温める工夫といえよう。
[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。