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性行為し過ぎによる男の病気「腎虚(じんきょ)」【江戸の性語辞典】

江戸時代の性語㊲


現代まで使われているもの、意味が変化したもの、まったく使われなくなったものなど「言葉」は時代とともに変化していくもの。ここでは現代では使われていない「江戸時代の性語」を紹介していく。


 

■腎虚(じんきょ)

 

 房事過多、つまりセックスのし過ぎによる、男の衰弱症。

 

 落語や小咄、川柳でしばしば題材となっているが、江戸時代は一般に栄養水準が低く、とくに動物性たんぱく質の摂取が極端に少なかった。そのため、腎虚は必ずしも笑い話ではなかった。

【図】腎虚で衰弱した殿さま。(『絵本開中鏡』歌川豊国、文政6年、国際日本文化研究センター蔵)

 

 

①春本『誉おのこ』(葛飾北斎、文化8年頃)

 

 男が女と交わりながら、述懐する。

 

「美しいおめえを後家にしておくとは、まことに惜しいもんだ。旦那どんが腎虚してはかなくなられしも、もっとも、もっとも」

 

 男の言葉から、状況がわかる。

 

 女の亭主は、腎虚して死んだのである。女は再婚せず、気ままに男遊びをしているようだ。

 

 

 

②春本『津満嘉佐根』(葛飾北斎、文政前期)

 

 女性上位の体位で交わりながらの、女と男の会話。

 

女「あの、いいかえ。いいわ。お前のようないい男を、今まで知らずに後家を立てますも、いい面の皮だのう」
男「先の宿六が腎虚したも、まあ、もっともだぁ。好きな上に、妙に、まぁ、締まりのいいぼぼだぁ」

 

 宿六は亭主のこと。女の亭主は腎虚して死んだのがわかる。

 

「ぼぼ」は女性器のこと。

 

 女は長年後家を通してきたが、ついに愛人ができたようだ。

 

 

 

③春本『浜の真砂子』(歌川国貞、文政十二年頃)

 

 男がまたしようとするのを、女が案じる。

 

女「あれさ、もう今夜は、およしな。私はいいけれど、男はそんなにすると、腎虚とやらをすると言うから」
男「べらぼうめえ、一晩に二つや三つして、腎虚してたまるものか」

 

 

 

④春本『正写相生源氏』(歌川国貞、嘉永四年)

 

 奥女中たちが、先代の殿の未亡人である須田について噂する。

 

「須田さまは、お年も盛りの若後家で、それに男が大お好き。先殿さまにも毎晩毎晩、三つも四つも強(しい)つけて、ついにお隠れあそばしたも、腎虚とやらいうお病そうな」

 

 殿さまは須田と毎晩、三回も四回もして、ついに腎虚になって死んだのだという。

 

 

 

⑤春本『花相撲四十八手』(幕末期)

 

 女を愛撫しながら、男がうそぶく。

 

「腎虚と食傷で死ねば本望だというが、違えねえ。さあ、早く入れよう。この手ざわりじゃあ、こてえられなくなった」

 

 食傷は食当たりのこと。

 

 性と食を思うがまま楽しんで死ぬのなら、男として本望だ、と。

 

 

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過去記事

永井 義男ながい よしお

1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。

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