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鎌倉殿を支えた「足立氏」「比企氏」「梶原氏」のその後

「承久の乱」と鎌倉幕府の「その後」⑪

足立氏は一族の多くが霜月騒動に連座し、残った血族は丹波国や足立郡に

『建武記』に残る足立氏
建武新政期の記録書『建武記』には足立遠宣の名前がある。遠宣は尊氏護衛兵のー人であった。国立公文書館蔵

 足立氏は、藤原北家の流れをくむ勧修寺高藤(がじゅうじたかふじ)の後裔(こうえい)ともされるが、出自についてはよくわかっていない。武蔵国足立郡の郡司として在地領主化していたようで、その郡名から足立氏を名乗ったとみられている。

 

 足立遠元(あだちとおもと)は、平治元年(1160)の平治の乱で源義朝(よしとも)に従い、そうした関係から、義朝の子頼朝(よりとも)が挙兵した際にはいちはやく麾下(きか)に属している。以来、遠元は頼朝の側近として仕え、頼朝死後に頼家が2代将軍になると、13人による評定会議にも加わってる。その後は北条氏と協調し、3代将軍となった実朝を支えた。

 

 遠元の死後、足立氏の嫡流は遠元の嫡男元春(もとはる)が継承し、鎌倉在住の御家人として幕府に出仕していたようである。しかし、弘安8年(1285)の霜月騒動において、元春の孫にあたる直元が安達泰盛に味方して自害に追い込まれ、足立氏の嫡流は没落してしまう。足立郡内に存在していた直元の所領も、このとき北条氏に奪われてしまったらしい。

 

 ただし、直元の兄弟である元氏の子孫は連座せずに家名を保っている。もっとも、北条氏の勢威が強まっていたため、遠元の時代のような権勢はなく、なかには、北条氏に仕えた一族もいたようである。

 

 それでも、足立郡内においては、元氏の子孫が鎌倉時代末期まで残り、鎌倉幕府が崩壊した際には、足利尊氏(あしかがたかうじ)に従っている。このため、室町時代には鎌倉府に仕え、戦国時代には足立郡を支配下においた扇谷上杉氏の被官となっている。

 

 このように、鎌倉時代を通じて足立氏の嫡流は足立郡内に残っていたが、元春の弟遠光の子遠政(とおまさ)は承久の乱での恩賞として丹波国佐治荘を拝領すると、自ら丹波に移り住んでいる。こうして足立氏は丹波にも勢力を広げていった。

 

 丹波を拠点とした庶流の足立氏は、在京御家人として六波羅探題(ろくはらたんだい)でも活躍している。しかし、鎌倉幕府の崩壊時には、北条氏に殉じることはなかったらしい。室町時代には丹波の国衆として在地領主化している。

 

 戦国時代末期、丹波には織田信長(おだのぶなが)の家臣明智光秀(あけちみつひで)が攻め入ってきた。このとき、足立氏は赤井氏や波多野氏らとともに抵抗するが、山垣城(やまがいじょう)を落とされてしまう。その後は、佐治荘に戻り、帰農したと伝わる。

 

2歳の息子・能本だけ助かった比企氏は……

比企能員
娘の若狭局が頼家の妾となり一幡を出産。外戚として権勢をふるうが警戒した北条時政との対立により比企の変が起こった。国立国会図書館蔵

 比企(ひき)氏は、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の後裔とされるが、確実なことはわかっていない。武蔵国比企郡を本拠として、比企氏を名乗っていたとみられる。

 

 源頼朝の乳母であった比企尼(ひきのあま)が伊豆に配流された頼朝を支えた経緯から、比企尼の甥にあたる能員(よしかず)も、頼朝に重用された。そして、能員の娘が2代将軍源頼家の妻となって一幡(いちまん)の母となるにおよび、外戚として権勢をふるうこととなった。

 

 そのため、比企氏は北条氏と対立することになり、建仁3年(1203)に滅ぼされてしまったのである。

 

 このとき2歳の男子能本(よしもと)は一命を助けられて安房(あわ)に流罪となり、のち、出家して円顕と名乗り、鎌倉に戻ることを赦されたという。

 

 このほか、能員は、懐妊していた娘を逃したらしい。生まれた子は比企郡の岩殿観音堂(いわどのかんのんどう)の別当によって養育されたのち、17歳で上洛して順徳上皇に仕えたという。その子孫が、江戸時代に幕臣として血脈を伝えている。

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