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後鳥羽上皇の宝と大内裏が焼失した「源頼茂の乱」

「承久の乱」と鎌倉幕府の「その後」⑦

前代未聞!内裏に立て籠った源頼茂が火を放ち大炎上!

3代将軍・実朝の死後は義時や政子ら幕府と朝廷の話し合いにより、三寅(藤原頼経)が将軍の座に就くことが決まる。[星月夜見聞実記]北条義時(下)/都立中央図書館蔵

 承久元年(1219)7月13日、都を揺るがす事件が起こる。源頼茂(よりもち)の反乱である。

 

 頼茂は、源頼政(よりまさ)の孫であった。頼政といえば、治承4年(1180)、以仁王(もちひとおう/後白河法皇の第3皇子)の平家打倒の企てに応じ挙兵、宇治で戦死したことで有名だ。その頼政の孫・頼茂は内裏の守護を職務としていた。そして、摂津源氏の名門ということで、将軍になろうという野心を募らせていたのだ。ところが、3代将軍・源実朝死後、朝廷と幕府の話し合いにより、三寅(後の鎌倉幕府4代将軍・藤原頼経)が、将来、将軍となることが決まる。これにより、頼茂は謀反の心を起こしたという。

 

 頼茂の謀反により、都にいる武士(在京武士)は、後鳥羽上皇に訴えて、頼茂追討の院宣(いんぜん/上皇の命令により、院庁の役人が発給する文書)を発給してもらう。頼茂は、内裏の昭陽舎(しょうようしゃ)に籠っていた。

 

 同日、そこを在京武士たちが襲撃するのであった。頼茂は諸門を閉じ、承明門(しょうめいもん)のみを開き、襲撃に抵抗する。しかし、攻め寄せてきた軍勢を撃退することはできず、仁寿殿(じじゅうでん)に放火し、自刃して果てた。火は、仁寿殿のみならず、宜陽殿(ぎようでん)や校書殿(きょうしょでん)の塗籠(ぬりごめ/土などを厚く塗り込んだ壁で囲まれた部屋)を焼いた。

 

 のみならず、観音像や応神天皇御輿、即位式で用いられた装束、貴重な宝物が灰燼(かいじん)となった。合戦により、内裏の殿舎が焼失するのは、異例である。

 

 王権の象徴が焼け落ちたことは、後鳥羽上皇にとって、衝撃であった。同年8月中旬から1カ月以上も、上皇が病床に臥したことは、衝撃の重さを物語っていよう。

 

宝物の焼失と引き換えに得た「在京武士操縦」の自信

 

 上皇は、皇位のしるしとして、代々の天皇が伝承する三種の神器(八咫鏡/やたのかがみ・草薙剣/くさなぎのつるぎ・八尺瓊勾玉/やさかにのまがたま)が平家に持ち去られている状況で即位している。ただでさえ、そのコンプレックスがあったと考えられているのに、王権の象徴が更に焼失してしまったことに呆然としたはずである。頼茂の謀反は、彼が将軍になろうとしたことにより起きたとされるが、諸説あることも事実である。

 

 例えば、後鳥羽上皇は頼茂を実朝の後継将軍と考えていたが、口封じのため、頼茂を討ったという説もある。しかし、この説には確証もなく、疑わしい。それよりも前述したように、将軍の地位を巡って起きた事件(合戦)と考えた方が得心がいく。幕府内の権力闘争が都に持ち込まれて、合戦という形で火を噴いたのである。後鳥羽上皇は、幼少の三寅を鎌倉に下向させることに不満があったようだが、最終的にそれを認めたからには、その決定を覆そうとする頼茂の行動を認めるわけにいかないのは、当然のことと言えよう。

 

 しかし、その結果として、在京武士たちが頼茂と合戦に及び、内裏を焼失させてしまった。在京武士は、朝廷と幕府の双方に属する存在だったという。それが今回、在京武士は、後鳥羽上皇の院宣を受ける形で、頼茂追討に向かった。幕府内の権力闘争であるにもかかわらず、在京武士は、鎌倉幕府の命令を受けていないのである。在京武士が自らの判断で、上皇に直訴し、院宣発給を受けて、討伐に向かう。これは、在京武士(御家人)たちが、幕府の意向と関係なく行動し、朝廷(後鳥羽院)と結び付いた瞬間であった。

 

 これまでも、京都の治安維持や寺社の強訴に対応するために、後鳥羽上皇が在京武士に軍事行動を命令したことはあった。ところが、今回は、在京武士が自律的に行動し、上皇に軍事行動を求めてきた。これにより、上皇が在京武士たちを操縦するのは容易いと感じたとしても、不思議ではないろう。

 

監修・文/濱田浩一郎

(『歴史人』202212月号「『承久の乱』と『その後』の鎌倉幕府」より)

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