×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画

「山崎の戦い」を経て畿内を手中に収めた秀吉

戦国武将の領土変遷史⑳

信長死す!その時、畿内の勢力は?

錦絵として描かれた秀吉。この頃はまだ羽柴姓を名乗っていた。備中高松城で毛利と交戦中だった秀吉が、常識はずれのスピードで畿内に舞い戻ったことが、結果としてその後の畿内・近江情勢を決定付けることとなる。都立中央図書館蔵

 大坂本願寺との戦い、比叡山延暦寺焼き討ち、将軍義昭(よしあき)の追放、朝倉義景(あさくらよしかげ)・浅井長政(あざいながまさ)の討滅、長島と越前の一向一揆殲滅、長篠の戦いと、八面六臂の戦いを続けた織田信長。彼の勢力圏は尾張・美濃・伊勢・近江・越前・山城・摂津・河内・大和と広がっている。

 

 天正7年(1579)、重臣の明智光秀が丹波を平定。天正10年3月には甲斐の武田勝頼(たけだかつより)も攻め滅ぼして北陸から播磨・因幡・紀伊・淡路・信濃・甲斐・西上野とその版図は最大規模にまで膨張した。中国地方では羽柴秀吉(はしばひでよし)が毛利氏攻略を進め、四国征伐軍も出陣を控えている。天下統一は間近に迫っていた。

 

 5月29日、羽柴秀吉からの要請により備中高松城攻めの後詰めに出陣すべくわずかな供回りとともに京の本能寺に向かった信長は、6月2日未明、秀吉への援軍として先乗りを命じていた明智光秀勢の攻囲を受ける。「本能寺の変」である。その理由には諸説あるが、ここでは割愛する。反乱者が光秀であると知らされた信長は、「是非に及ばず」のひと言を発し、一戦を遂げたあと本能寺内に築造されていた御殿の奥に入り、火の中で自刃を遂げたと伝えられる。

 

 各方面軍がそれぞれ遠隔地で活動を続けて軍事的空白地となった京で、少人数の信長一行を、南山城・近江・丹波を地盤とする光秀が取り逃がすことはありえなかった。合理的な軍団制を創り上げた信長は、最期にその軍団制に殺されたのである。

 

 こうして信長は京で無念の死を遂げ、その本拠・安土城を始め近江の多くの城が光秀の支配下に入った。

 

 この段階で信長は北陸に柴田勝家(しばたかついえ)、関東に滝川一益(たきがわかずます)、中国に羽柴秀吉と方面別に軍司令官を置き、それぞれに地方の攻略を担当させていた。光秀が近畿方面の司令官として近江・丹波・南山城を管掌していたのは先述したが、織田信孝(のぶたか)とその補佐役・丹羽長秀(にわながひで)も新たに四国方面司令官に任命され堺から渡海する直前だった。

 

 光秀の謀反により、彼ら司令官たちは初めて、そして突然に命令者不在の状況に置かれることとなった。

 

秀吉が清洲会議の主導権を握り畿内は秀吉与党が占める

 

 だが、いち早く自分の判断で行動を開始したのが、中国方面軍司令官として毛利氏と対峙していた羽柴秀吉だった。この時点で秀吉の支配下にあったのは近江長浜と播磨・但馬(弟の秀長/ひでなが/所領)・因幡・淡路だったが、4日に本能寺の変を知った秀吉は、即座に毛利氏と講和して軍を東へ反転させる。

 

 この時、秀吉は6日夕に高松をあとにして7日夜に姫路に到着、さらに9日朝に姫路を出陣して11日未明には尼崎に姿を現しており、130㎞あまりを実質4日で走破している。

 

「中国大返し」と呼ばれるこの急行軍のスピードは、明智光秀への加担を迷っている近畿の諸勢力に対して絶大な牽制効果を発揮した。この勢いと合わせて、秀吉は「信長様は生きている」と嘘の書状まで作って味方を集め、「信長様の仇を討つ」と宣言して明智光秀を6月13日の「山崎の戦い」で破ったのである。

 

 光秀を討った勢いをそのままに、秀吉は光秀の本拠・坂本(さかもと)城、阿閉貞征(あつじさだゆき)の山本山城を降し、占拠されていた長浜(ながはま)城・佐和山(さわやま)城も奪回。

 

 27日に開催された織田家重臣による戦後処理のための会合「清洲会議」でも彼の主導によって織田家の家督を信長の嫡孫・三法師(さんぽうし)とすること、秀吉の領地は播磨のほか山城・河内・丹波・淡路と決し、ほかにも丹羽長秀が近江2郡・若狭、細川藤孝(ほそかわふじたか)が丹後など、秀吉与党によって山陰の因幡、山陽の備中までが押さえられ、畿内はほぼ全域がその勢力下となった。

 

 これに対し、織田信孝(信長三男)は美濃、信雄(のぶかつ/信長次男)は伊勢・尾張と、織田一族が確保できた所領はごく少なく、以後、信孝は織田家筆頭重臣の柴田勝家(越前に加え近江長浜を得て、越中の佐々成政/さっさなりまさ/、能登の前田利家/まえだとしいえ/を組下とする)と連携して秀吉に対抗する形となった。

 

監修・文/橋場日月

『歴史人』202210月号「戦国武将の勢力変遷マップ」より)

KEYWORDS:

過去記事

歴史人編集部れきしじんへんしゅうぶ

最新号案内