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ミッドウェーに散った空母機動部隊の仇を見事に討った「伊168潜」の孤高の闘い

海底からの刺客・帝国海軍潜水艦かく戦えり


「敵は昼飯を食べるために、ソナーの当番兵も休みをとったのだろうな」

 それまで艦内にやかましく響いていたソナー音(探信音)が突然止んだため、「伊168号潜水艦(以下・伊168)」艦長・田辺弥八(たなべやはち)少佐は冗談を言った。同艦はすでに敵駆逐艦の厳重な警戒網の中、5時間近く潜航追跡を続け、攻撃のチャンスを伺っていたのである。


 

伊号第168潜水艦は、竣工時は伊号第68潜水艦であった。太平洋戦争開戦時、ハワイ作戦に参加し、爆雷攻撃を受け破損。1942年5月に伊168に改名し、ミッドウェー海戦に参加。単艦で味方空母の仇を見事に討っている。

 

 1942年6月7日の黎明時、双眼鏡を覗いた田辺艦長の目は、遥か東方海上に黒点が浮かんでいるのを捉えた。それこそが伊168が探し求めていた、手負いの米正規空母「ヨークタウン」である。相手が空母であることを確認すると、田辺艦長はすぐに潜航を命じた。

 

 6月5日に行われたミッドウェー海戦で、日本海軍はそれまでの快進撃を支えていた、空母機動部隊の主力空母4隻を一度に失ってしまう。その際、最後まで残り果敢に戦っていた空母「飛龍(ひりゅう)」が、敵空母一隻を大破させていた。その後、飛龍も被弾して沈没する。

 

 こうした状況を受け、山本五十六(やまもといそろく)連合艦隊司令長官は伊168に対し「2300まで伊168号潜水艦はAF島(ミッドウェーのイースタン島)航空基地の砲撃破壊」を命令。夜陰(やいん)に紛れ浮上した伊168は飛行基地を砲撃し、そのまま飛行機の発着を監視する任務に従事する。

 

 翌6日朝、重巡洋艦「筑摩(ちくま)」の索敵機が損傷して漂流中のヨークタウン型空母を発見する。知らせを受けた山本長官は先遣部隊指揮官を通じ、伊168は現場に急行、空母発見し、これを撃沈するよう命じたのである。

 

 皮肉なことに、この時の海面はまるで油を流したように凪(な)いでいて、さざ波ひとつ立っていない状態であった。これでは、潜望鏡を海面上に出しただけで、敵に発見される公算が大きい。だが常に沈着冷静な田辺艦長は、水中速力3ノット(時速約6km)を命じ、聴音器を頼りに敵へ近づいて行った。

 

 途中、何度か潜望鏡を上げて確認すると、敵は空母を中心にして、1000mくらいの距離を取って警戒のための駆逐艦を、二段構えに配置している。そして微速で東に向かっていることがわかった。なおも聴音潜航を続けつつ近づき、再び潜望鏡を上げた。

 

 すると敵との距離は、1万5000mほどに縮まっていて、敵駆逐艦の厳重な警戒ぶりがはっきりと見えた。それどころか、敵駆逐艦が発するソナー音が聞こえてきたため、艦内の空気は一瞬にして緊張感に包まれた。艦長は爆雷防御準備を命じ、深度を45mにとった。

 

 この間に田辺艦長は、左舷に損傷を受けて左に傾斜していた敵空母の状況を冷静に思い描いた。この場合、左舷からの攻撃が理想的ではあるが、敵との位置関係を冷静に判断すると、それは不可能という答えが出る。田辺艦長はすぐに考えを改め、右舷からの攻撃を決意。彼はまさしく即断即決する、優秀な指揮官だったのである。

1942年1月から伊168の艦長を務めた田辺弥八。その後、伊176艦長に転じガダルカナル島への輸送任務に従事。その最中に米戦闘機の銃撃で負傷。それでも冷静に艦の安全を保った最高の潜水艦乗り。最終階級は海軍中佐。

 艦内時計の針が午前9時37分を指した頃、伊168は聴音潜航により、敵の警戒網をくぐり抜けた。祈るような気持ちで潜望鏡を上げた田辺艦長の目に、敵空母がまるで山のように見えた。距離は500mほどしか離れていない。

「これは近すぎる。魚雷が艦底の下を抜けてしまう恐れがあるな」

 

 もう一度、駆逐艦の警戒網をすり抜けるのは生きた心地がしないが、田辺艦長は確実に撃沈するほうを選択。距離をとるために速力を4ノット(時速約7.5km)にあげ右に回頭、敵の警戒網の中でひと回りしたのだ。 

 

 その瞬間、あれほど騒々しく艦内に響いていたソナー音が、突然止んだ。

 

「敵は昼飯を食べるために、ソナーの当番兵も休みをとったのだろうな」

 

 そんな冗談を言いながら、田辺艦長は潜望鏡を上げた。すると敵空母との距離は1200m、しかもこちらに横腹を見せるように、回頭していた。これを好機と捉えた田辺艦長は、

 

「発射始め!」

 

続いて号令する。

 

「用意、射て!」

 

 魚雷は最初2本、3秒後にさらに2本が発射された。通常は散布帯(扇のように散らばる幅で撃つ)を構成するが、必殺必中を期して2本ずつの散布をふたつ重ねた。艦内が緊張の沈黙に包まれた後、海が裂けたのではないかと思われるほどの爆発音が響いた。

 

 4本の魚雷はすべて命中。しかもヨークタウンに横付けしていた駆逐艦「ハムマン」にも命中、撃沈するというおまけも付いた。

 

 その後、駆逐艦による執拗な爆雷攻撃を受けた伊168だったが、聴音を頼りに蛇行を繰り返し、見事に危機を切り抜けた。最初に敵を発見してからじつに13時間、間もなく日没を迎えるという頃合いとなっていた。

 

アメリカ海軍のヨークタウン級航空母艦のネームシップ。この名を冠した艦としては3隻目となる。1934年5月に起工、1936年4月に進水、就役は1937年9月。搭載できた飛行機は90機。1942年10月に除籍となった。

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過去記事

野田 伊豆守のだ いずのかみ

 

1960年生まれ、東京都出身。日本大学藝術学部卒業後、出版社勤務を経てフリーライター・フリー編集者に。歴史、旅行、鉄道、アウトドアなどの分野を中心に雑誌、書籍で活躍。主な著書に、『語り継ぎたい戦争の真実 太平洋戦争のすべて』(サンエイ新書)、『旧街道を歩く』(交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)など多数。

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